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先週まではこんな事態を微塵も想像していなかったが、瀬名家みたいなご家族の伝達係ならそれも悪くないだろう。
ご両親が俺をあっさり受け入れてくれたからこういう立場になれた。ありがたいとしか言いようがない。あんなにも優しい家族だ。長男の部屋は没収したけれど。
俺も自分の部屋を潰される前に次の春には久々に帰ろう。もしも都合がつくのであれば、その時はこの人にも一緒に。
俺を急かすことのない瀬名さんの、本心をあの時はっきり聞いた。それを聞いて嬉しくて、一度は答えを飲み込んだけれど自分の意思で約束をした。
次はうちに。俺の実家に、二人で。
瀬名さんを連れていったらどんな顔をされるだろう。それ以前にどう言って伝えるべきか。
今の俺はたかが学生という身分で頭の上にタマゴの殻を乗っけているようなヒヨッコでしかない。そういう相手を紹介するなんてただでさえ生意気もいいところなのに、相手は社会人。何よりも男。目の前には高い壁。
俺が実家で暮らしていたら、もう少し気軽な勢いでいけたかな。
ただいま。ちょっと会わせたい人がいるんだけど。実は今サラリーマンと付き合っててさ。
無理だな。それを受け入れる体力がうちの家族には多分ない。怒られるか、泣かれるか、何も聞かなかったことにされるか。
実家暮らし中に彼氏を紹介する五秒間のシミュレーションですらここまで気まずくなれるのだから、わざわざ帰省に合わせて連れていくなんてもってのほかだ。確実に地獄だ。
母さんの表情の想像がつかない。親父なんかはもっとそう。ばあちゃんはとにかくビックリするだろう。驚愕の目。それだけはありありと浮かぶ。
今でもじいちゃんが生きていたら、じいちゃんだけはきっと俺の味方だった。もちろんびっくりはするだろうけど、いいじゃねえかって、好きなようにさせろと、笑って言ってくれたと思う。
「……瀬名さん」
「ん?」
俺の知っている限り俺の家族はきわめて世間に溶け込んでいる。世の中に自然と馴染む一方、マイノリティーとの関りはゼロで、今の時点で俺たちは、明らかに少数派だろう。
分かってる。嫌になるほど十分に。
よく分かっているからもう少しだけ。今はほんのちょっと、目を逸らしておく。
「まだ体力残ってますか?」
「もちろんだ有り余ってる」
瀬名さんは顔をピョコッと上げた。
「任せとけ。朝まで頑張れる」
「よかった。じゃあトランプやろう」
「すまねえ、そろそろ寝ようと思ってたんだった」
最初かなり食い気味で来たのに一瞬で見事に引いていった。両腕もそこでパッと離れた。
そんなに俺とトランプやりたくないのか。一昨日の二人大富豪五十二連チャンがそんなにもトラウマなのか。
トラウマにしたいのは五十二回戦中五十一回も惨敗しまくった俺の方だ。今度こそ打倒瀬名だ。
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