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一輪だけの花の購入にこういう反応をするお客さんも初来店だと特に多い。けれどもそんなことはない。
一本だろうと二本だろうと美しいものは美しく、花を贈るときに大切なのはその本数でも豪勢さでもない。心を込めた一輪のプレゼントだ。
その一輪をここで選んでもらえるのは嬉しいと、店長が常々言っている。
気張りすぎず、それでいて気持ちは伝わり、贈られる相手だって嬉しいはずだと。
「お包みしますね。リボンのお色選んでいただけますか?」
「あ、はい……」
カウンターに案内する間もこのお客さんはひたすら畏まっていた。最初から最後までとことん腰が低い。そしてどことなく気が弱そう。
それがこの人に初めて接客した、あの日に俺が受けた印象だった。
しかしだ。もしや本当にただ見ていただけで花を買う予定なんかなかったのでは。
ハタと気づいたのはその夜で、うっかり押し売ってしまったかもしれないと思ったが罪悪感は三日後に消えた。
腰の低いサラリーマンらしきその人はまた来てくれた。
二回目も入店を躊躇していたから、声を掛けたら気恥ずかしそうに笑った。
あれから二ヵ月くらい過ぎても腰が低いのは変わらない。しかし今ではゆったりした笑顔をしばしば見せてくれるようになった。
温和で真面目そうで優しそうな人だ。彼女さんも幸せな人だろう。
気合いの入った花束となると困惑する人も割かし多いが、一本巻きは受け取る側も気軽で贈り物としてまさに最適。
「いつもので?」
「はい。お願いします」
黄色のガーベラを一本。リボンの色はクリーム。
この常連さんの注文内容は最初のあの時からずっとこれ。
足しげく花屋に通う客には女性陣もすぐ興味を持ちだした。この人の薬指に指輪の存在がないことには店長がいち早く気付き、ならば花を贈る相手は彼女さんに違いないと。
大盛り上がりしていた女子トークには俺も強制参加させられた。人の恋愛事情を想像しながらはしゃげるここの花屋はとにかく平和だ。
ピッと結んだクリーム色のリボン。ガーベラの黄色とも良く馴染む。
色合いがふんわりとしていて花びらの形もかわいいそれを、お客さんにそっと差し出した。
「お待たせいたしました」
「どうも。ありがとうございます」
表情を緩めながら、ちょっとだけ気恥ずかしそうに、それ以上にとても大事そうに一本のガーベラを受け取ってくれる。
最初からずっとこの雰囲気だった。丁寧で優しい。口調は静か。飲食店の店員さんに横柄な態度を取っちゃうタイプの何サマ野郎とはまったくの真逆。
常に低姿勢で物腰柔らかなこのお客さんは花屋内でも密かな人気で、この人が来た時はなんとなく流れで俺が対応するようになってしまったが、嬉しそうに黄色のガーベラを受け取ってくれるのを店の皆はコソコソ見守る。
当店は本日も平和です。
「いつもありがとうございます」
「とんでもない。こちらこそ」
俺が頭を下げればそれ以上にぺこりと腰を折ってくる。丁寧なお客さんを店の外まで見送った。
残暑の頃の、日が沈みきるよりほんの少し前の時間帯。
一輪の花を持った夕方のサラリーマンの、後ろ姿をほっこりと眺めた。
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