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「そのお客さんが来てくれるとなんっか癒されるんですよ。花屋のみんなからも大人気ですし」
「……そうか」
「彼女さんどんな人なんだろう。毎回一途にガーベラだから気に入ってくれたのかな。切り花もあれなら本望でしょうね」
「…………」
花屋のシフトに入った日恒例。瀬名恭吾のスペシャルハンドマッサージ中。
丁寧に揉み込まれながら今日の出来事を話して聞かせた。
クイッと、親指の付け根を擦られた。力の加減が絶妙に気持ちいい。
瀬名さんの技術はどんどん上達していた。プロにも挑めるんじゃねえかってくらいに日々腕を磨いている。
「なあ」
「うん?」
「……いくつだ」
「はい?」
「その客。年は」
「年? いや、知る訳ないじゃないですか。名前だって知らないのに」
「だいたいでいい。見た感じ」
「えぇ……二十代……うーん……三十前後くらい?」
「…………」
グッと手の平の中心を押された。痛い。今のはなんかちょっと痛い。
入れすぎた力に気が付いたのか、指先の加減を弱めてこの人は俺の手をくちゅっと握った。そして言った。
「花屋のバイトは今すぐ辞めろ」
「は?」
「お前のストライクゾーンだろその男」
思わずパチパチと三回まばたき。何をおっしゃっているのだろうかこの人。
「……俺のストライクゾーンに野郎が存在したことはありません」
「どの口がほざいてんだ」
「この口が申し上げてますよ」
「三十前後の男なんかゾーンどころかど真ん中じゃねえか」
「ほんと何度も言ってますけど俺は別にオジサン趣味とかじゃないですってば」
「危険だ……」
「聞けよ」
人の話を聞くのは上手いはずなのに妙なスイッチが入るとこうなる。
「俺と社会人男性の組み合わせで心配することなんて何もないでしょ」
「お前は自分を分かってない。明日防犯ブザー買ってきてやる」
「なんで」
「周りのリーマンはとりあえずみんなオオカミだと思っとくくらいでちょうどいい。お前の顔とお前の尻は最高に男の目を引くからな」
「あなたを通報したくなってきました」
「そのうえちょっと菓子さえやればいくらでもホイホイついてくる」
「自分の恋人をそんな貶します?」
「危険だ……」
「だから危険じゃねえって。なんだってそんな発想になっちゃうんですか」
「お前が俺と付き合ってるからだよ」
「オジサンだから付き合ってるわけじゃねえよ」
断じてお菓子に釣られたわけでもオジサンだから選んだわけでもない。というよりそもそも瀬名さんにはオジサン感がほぼほぼない。
オッサンとかジジイとかたまに投げつけるけど実際にはお兄さんが正解だろう。しょうもないセクハラ発言を除けば、見た目も中身もやることもなすこともほとんどにおいて若者カテゴリーだ。
健康なお兄さんは握力も強いのでマッサージはやはりいささか痛い。いつもより確実に力が入っている。
これはこれでまあ気持ちいいが、普段の瀬名さんがどれだけ丁重に俺を扱っているかが分かる。
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