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この人はずっとここにいなかった。一週間も家を空けた。
ようやく戻ってきた人になんの変哲もない挨拶をしたら、またしてもふっと笑われた。
「淋しかったか?」
腹っ立つ。
「はあっ?」
「今度俺が家を空けるときにはあのクマでも抱いて寝てろ」
「バカじゃないんですか。抱きませんよ」
「淋しかったんだろ?」
「さびしくないです」
言うんじゃなかった。普段やらない事はやるべきじゃないと痛感した。
「時差ボケの人はさっさと寝た方がいいですよ。俺ももう寝るんで。おやすみなさい」
「おい待てよ、冗談だ。怒るな」
「怒ってない」
「怒ってんだろ」
最後のそれは無視して後ろを向いた。ガラッと荒っぽく窓を開けるとしつこい男の声に捕まる。
「遥希」
うるせえ。
「なんだよッ」
「ただいま」
窓についた手はそこでピタリと止まっていた。イラッとして開いたはずの口もそれ以上言えずに閉まっていく。
おかえりなんて初めて言った。ただいまなんて初めて言われた。
変な気分だ。そわそわする。今のその、この人が言ったただいまは、どことなく嬉しそうにも聞こえた。
「……うん。おかえりなさい」
俺がおかしいのは暑さのせいだ。
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