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バイトから帰って夕飯を作っていたら瀬名さんがやって来た。お決まりの押し問答を経てもらい受けたのは箱に入ったケーキ。
夕食の準備が整うまでにはもう少々かかる。渡されたばかりの白い箱と見つめ合い、モヤモヤしながら冷蔵庫の中にしまい込んだ。
そこからしばらく経ってもこのモヤモヤは消えない。今日はいつもよりも作る夕食の量を少し増やした。
なぜか。間違えたんじゃない。そこには明確な理由があった。
再開した料理の手を止め、一旦コンロの火も切った。そして部屋を出る。隣の三○二号室へ向かうために。数秒の迷いを振り払ったのち、瀬名さん宅のインターフォンを押した。
少ししてガチャリと開かれたドア。扉一枚分の距離を保って瀬名さんから見下ろされる。この立ち位置は初めてだ。
「さっきはどうも」
「ああ。どうかしたか」
不思議そうに俺を見ていた。つい先ほど別れたこの人は、すでにスーツのジャケットを脱いでシャツ一枚。
ネクタイも締めていない。着替えの途中だったようでシャツのボタンも上から三つ目まで開いている。若干たじろぐ。平日の瀬名さんはとにかくきっちりしているイメージしかないから新鮮だ。
「……食事、どうかと思って。一緒に」
「あ?」
「食事です」
さっきまで不思議そうにしていたこの人の顔は一瞬でぽかんと呆けた。奇妙な物でも見るような目で俺を凝視してくる。
「良ければですけど……あと少しでメシ作り終わるんで」
「…………」
「ウチ、来ませんか?」
「…………行く」
飄々としている人でも本気で驚く事はあるらしい。
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