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人に出しても恥ずかしくはないと思う。本当にちょっとしたものだけど。夏野菜とキノコを使った炒め物だとか、鮭のムニエルだとか。ムニエルがなんなのかよく知らないが。
誰でも作れる簡単な夕食のメニューをダイニングテーブルの上に並べつつ、未だにやや呆け気味な瀬名さんの様子を窺った。
ガン見だ。テーブルの上を。
「……これは想定していなかった」
「俺の作った晩メシじゃ不満ですか」
「まさか」
「ならいいじゃないですか」
最後に水の入ったグラスを差し出してから瀬名さんの前で椅子を引いた。この人も驚いているだろうが俺だって自分のやっている事に驚いている。
瀬名さんがウチのダイニングにいる。なんてことだ。とても奇妙だ。
「どうぞ。冷めないうちに」
俺が勧めれば瀬名さんは一度こっちを見て、いただきますと丁寧に断りを入れた。箸を持ったこの人の手が皿の上へと伸ばされる。
気付かれないようにさり気なく見守った。動作が丁寧な人は食い方も丁寧だ。
俺が作った物をこの人が食っていると言うのはやはり違和感しかなくて、それでも目の前で飯を食われればどうしたって感想が気になる。
「うまい」
「……どうも」
シンプルな褒め言葉。残念な事に非常に嬉しい。
瀬名さんが顔を上げ、そこでバチッと視線が絡まった。咄嗟に逸らせない。その目元に険はなく、そっと静かに和らいでいく。
「嫁にしたい。すぐにでも」
「フォークで刺しますよ」
「分かった。黙って食う」
余計なひと言さえ出てこなければ普通にいい人だと思うのに。
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