一緒に晩飯どうですか。

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***  客なんだから片付けなんて気にしなくていい。俺はそう言った。でも瀬名さんは綺麗に片付けていった。  広くはない流しの前に二人で立って、俺が洗って、この人が拭いて。隣同士で交わす言葉が途切れる事はほとんどなく、合間には笑い声が零れる。おかしいくらいに穏やかな時間はそっと静かに流れていった。 「ケーキごちそう様でした」 「いや、こちらこそ。ありがとう。美味かった」 「口に合ったならよかったです」  玄関までこの人を見送りに出て、礼を告げれば礼で返ってきた。褒め言葉のおまけ付きで。  下心があるらしいこの人は俺に何もしてこない。ただこうして長い時間向き合っていれば、その目がずっと優しかった事には気付かないわけにいかなかった。  俺は玄関の内側。瀬名さんはすでに外側。瀬名さんが押さえている扉が外から閉じられてしまう前に、頭にはポスッと大きな手が乗った。  間仕切りはもどかしかった。顔を見たいと、少しずつ思うようになっていった。  この人がいつもどうやって俺の方へと目を向けていたのか、今夜それを思い知った。 「じゃあな。おやすみ」 「……おやすみなさい」  ふわりと撫でるようにして離れていった。閉ざされてしまった重い扉を、その後しばらくぼんやり見ていた。  隣のドアの開閉音はいつも通り常識的に小さい。それを最後まで聞き終えてから、ようやく俺もそこから動いた。  瀬名さんと食事をした。デザートまで一緒に食った。  あの人との夕食は、不覚にも。楽しかった。
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