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「ないならないとそう言えよ」
「……言えませんよ」
「なぜ」
「…………」
「言えばいいだろ」
「言えませんってば」
「だからなぜ」
「…………」
「素直に言えばいいものを」
うるさいなもう。言いたくなかったんだから仕方ないだろ。
その事実だけは悟られまいと無意味な問答を続けてみたが、ふと瀬名さんも言葉を止めた。その雰囲気がどことなく変化する。何やら勘付いたっぽい顔で、俺のことをじっと見ていた。
「……なあ」
やめろ。言うな。やめろ。やめてくれ。
「……なんです」
「食材を使い切ったと俺に知られるのはそんなにマズい事なのか?」
「…………」
わざっとらしい聞き方しやがってこの野郎。
俺が目を逸らした直後、瀬名さんはこらえきれなくなったようにふっと小さくふき出した。肩が揺れている。隠せていないし隠すつもりもきっとない。なんて腹の立つ男だ。
「……笑うな」
「いや、すまん」
「バカにしないでください」
「してねえよ。可愛いと思っただけだ」
「それをバカにしてるって言うんですッ」
羞恥心に負けて声を張り上げた。瀬名さんの満足そうな様子が俺を余計にイライラさせる。
そっと紙袋を差し出してくるのはご機嫌取りのつもりだろうか。胸の前に持ち上げられて、仕方なくそれを受け取った。
「好きか。フィナンシェ」
「…………好きです」
その聞き方もいい加減やめろ。
「なら良かった」
「あんたも飽きませんね」
「難攻不落の山があったら登りたくなるもんだろ」
どんな例えだ。
人のことを変な山に例えた瀬名さんは余裕の表情を見せている。
「上がってもいいか。今夜も」
「……どうぞ」
こんな男を毎晩飽きずに、待ってるのは俺の方だ。
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