酸っぱいやつと甘いやつ

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「会社の奴らがお前の腕を褒めてたぞ」 「はい?」 「弁当」  シングルベッドを背凭れにしながらタラタラと話し込み、不意に告げられたそれには思わず顔をしかめていた。  弁当は今でも時々この人に渡す。俺がバイトで遅い日とかに。戻ってくる弁当箱は必ず綺麗にされていて、美味かったと忘れずに言われる。  感想なんて求めていない。それでもそう言ってくれるから、どうもと返事をすることになる。  嬉しいのは気のせいだ。空の弁当箱を受け取った時、次の弁当の中身をどうしようかなんて俺は決して考えていない。 「会社で見せびらかすと言っただろ」 「やめてくださいって言いましたよね」  あれは他人に見せびらかせるような中身じゃない。 「弁当持参のおかげで恋人でもできたのかとよく聞かれるようになった」 「ずいぶん楽しそうな職場ですね」 「片思い中の可愛い奴ができたと答えるようにしている」 「あんたの頭も楽しそうだな」  弁当を渡しているのは単に、食レベル底辺の隣人がうっかり餓死しないように。隣室で死亡事故なんて起こされたら気分が悪い。  本人にだってそう言った。弁当を渡す理由をきちんと伝えた。なのにこの人はいつでも笑顔でそれを受け取り、空箱を返してくる時には必ず美味かったありがとうと。  調子が狂う。せめて会社の人まで巻き込むのだけはやめてほしい。弁当を作っている奴が学生でしかも男だなんて、その人達だってまさか思ってはいないだろう。
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