酸っぱいやつと甘いやつ

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「会社で変なこと言うのはやめてください。弁当箱に梅干しギッシリ敷き詰めますよ」 「嫌がらせのつもりか」 「そのつもりです。あなたの視覚と味覚を徹底的に潰してやります」 「そこまで言う割に作るのやめるとは言わねえんだな」  聞き返されて言葉に詰まった。 「俺としては梅干しギッシリでも構わねえが。お前からの嫌がらせなら受けて立つ」  そして張り合ってきた。 「……それでカッコつけてるつもりですか」 「そのつもりだ」 「あんたはやっぱりどっかがおかしい」 「お前は俺にとって難攻不落の山だからな。気が狂ってでも登りたくなる」  どっかおかしいどころの騒ぎじゃなかった。いまだに俺は山に例えられていた。 「……困るんですけど」 「何が」 「明日のバイト遅番なんですよ」  普段の晩メシの時間には間に合わないから、その代わりとして昼用の弁当を。この人の一日のうちのどこか一食に、俺の作ったものを組み入れている。 「すげえ渡しづらくなった」 「明日の朝お前がどんな顔になってるか楽しみにしてる」  クソ野郎。 「……根性ひん曲がってますね」 「そんな俺に惚れてみねえか」 「惚れませんよ。この流れでよく言えますね」  ここまできっぱり断っていても瀬名さんは諦めない。それでいて隣同士にいるこの時でさえ、ほとんど俺には触れてこない。  せいぜい頭を撫でられる程度。すぐ横にいるのに拳三つ分ほどの距離は埋まることがない。言う事とやる事がちぐはぐに感じるそれは、結局のところこの男の人となりを表わしている。  ムカつくくらい誠実な人だ。根性はひん曲がっているくせに、距離感だけは過分に弁えそのラインを超えてこない。
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