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3 飯は熱いうちに食え
ひょい、と目の前にポカリスエットのペットボトルが差し出された。スマホを片手に俯いていた華乃が弾かれたように顔を上げると、切れ長の目が涼しげな、でも鼻の頭に汗を浮かべている青年が申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「! Keiさん!? ですか?」
「ごめんね。遅れるって連絡しようとしてスマホいじったら間違って君のアカウント消しちゃって。どうにもならなくて。暑かったでしょ」
ペットボトルを両手で挟むようにして頭を下げ続ける俺をみて、地味め女子がくすっと笑った。
「ほんっとごめん。どうしよう。具合悪くない?40分遅れだよね。ありえないよね。食べられそう? お詫びに昼おごる。どこか行きたい店ある?」
俺は早口で一気にまくし立てた。
「いえ……」
会話が続かない。こういうときは自己紹介だ。
「俺は吉田圭一といいます。けいいちは土二つに漢数字の一。君は、えと」
「わたしは。かの、です。島田華乃。かははなの難しいほうで、のはえっと。乃木坂の乃」
「華乃さん、だね。俺のことは圭でいいよ。俺、渋谷よくわからないんだけど。広尾か代官山まで行ってみようか。原宿のほうがいいかな」
俺はまた一方的に喋ってふとみると彼女がもじもじとしているのに気づいた。
「あ。ごめん。遠い、遠すぎるよね。俺、ほんと気がきかないっつーか、まあ、こういうの、なにアガッテルっていうの? まあそういう感じで」
あは、と地味めの彼女が控えめに笑った。
「圭さん、全然Linkのイメージと違う」
そりゃぁ違うだろう。君の知っているkeiとは別人だもの。
「がっかりした?」
「ううん。気取らない感じで……話しやすい……デス」
結局少し歩くがよく彼女が行く店に行こうということになった。渋谷の北口から東口へ。歩きながらチラチラと俺は彼女を盗み見た。なるほど地味な雰囲気だ。化粧もしてるんだかしていないんだかわからない。いつの間にかビルの谷間の中から静かな森の中にいた。
「どこ、ここ?」
ありえないほどの静けさと濃い緑。異界か、と呟いたのを耳ざとく彼女が聞きつけ、金王八幡だと教えてくれた。冲方丁(うぶかたとう)の小説にも出てくるでしょう?と言われたが、さっぱりだ。文学少女なのか、やべえ。
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