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「客は取るな。……いや。客は私だけにしろ。お前の一生分を買ってやる」
「え?」
キョトンと紅茶色の目を見張り、コヴィは理解出来ないようだった。
確かに、藪から棒な話だ、無理もないだろう。噛み砕いてもう一度言う。
「お前が働きたいなら客を取っても良いが、客は私だけに限定しろと言ったんだ。お前を愛している。自分でも信じられない事にな」
「な……何だよそれ。ズルいよ、シリウス。ボクの事は独占しておいて、自分はまた街に立つんだろ?」
言われてみれば、もっともな苦言だ。私は即決した。
「では、身体は売らない。私はもう、一生分の財産を持っている。雑貨店でも開いて、暮らしていこう」
「それ、僕でも働けるかな」
「ああ。コヴィは何が好きだ? 好きなものを売れば良い」
「……花かな。ピンクの秋桜(コスモス)が一番好き」
「花か。ならば、劇場や病院の近くに店を構えれば、それなりに売れるだろう。共に暮らしてくれないか、コヴィ」
コヴィは、見る見る内にくだんの秋桜色に頬を染めた。
「それ、口説いてるの?」
「違う。プロポーズしているんだ」
「シリウス……!」
感激とも非難とも取れる口調に、語尾が跳ね上がる。私はそっとコヴィの項に掌をかけて抱き寄せると、耳元で囁いた。
「悪かった。正式に言おう。私と結婚してくれないか? コヴィ」
「う。……うん」
今度は打って変わって気恥ずかしそうに、小さく呻きが返ってきた。今まで一人が気楽で、誰かと共に生きたいなどと思った事はなかった。
コヴィが私に、愛する事の素晴らしさを教えてくれた。
「愛している、コヴィ」
「うん。大好き。……本名、訊いても良い?」
「ああ。ウィリアムだ。ビリーでいい」
「愛してる。ビリー」
私たちは抱き締め合い、飽く事なく触れるだけの口付けで愛を確認した。
あの日の夕立と虹に感謝しながら、私はもう一度コヴィの身体に薔薇の花びらのような所有印を散らすのだった。
End.
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