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「ねえ、ケーキはないの?」
カップを持った右手がこちらに向けられる。ブレザーの裾から覗いた手首にはオレンジのリストバンドが見えた。
「ないよ」
「えー、残念」
頬を膨らませた彼女は、ふいに「あ、きた」とカップを机に置いた。
「え?」
依頼人は眉を寄せて部屋を見回している。しかし、部屋に一つしかない戸は開く気配がない。廊下から近づく足音もなかった。
「あの……?」
不安そうな声の向かい側で、セミロングの彼女はそっと目を閉じていた。背筋を伸ばし、微動だにしない。そのまま十秒ほど経過して「ふうん」と彼女は声を洩らした。
「見つけたよ。指輪」
「本当ですか!」
「うん。えーと。キッチン、かな。キッチンにある食器棚。その裏」
「食器棚の?」
「そう。ネコ飼ってるでしょ? その子がテーブルに置いてあった指輪で遊んで、棚の裏に入り込んじゃったみたいだよ」
「ランが……?」
依頼人は呟きながらポケットからスマホを取り出し、耳にあてた。
「あ、お母さん? 指輪なんだけどさ、食器棚の裏を――」
そんな声を聞きながら鈴音は立ち上がり、カップを椅子に置いて二人の近くへ移動する。
「うそ! あったの? ほんとに……?」
依頼人は呆然とした様子でスマホを持った手を下ろした。
「あの、見つかった、みたいです」
「そうですか。では、今回の依頼報酬料として二千円お願いします」
依頼人は鈴音を見上げて頷くと、素直に財布を取りだした。
「たしかに」
千円札を二枚受け取って鈴音は頷く。しかし依頼人は席を立とうとしない。
「どうかしましたか?」
「いえ……。あの、どうしてわかったんですか。指輪の場所」
質問には答えず、鈴音は右手を戸へ向けた。
「どうぞ、お引取りください」
依頼人は少し迷う素振りを見せたが、やがて立ち上がると教室から出て行った。
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