2人が本棚に入れています
本棚に追加
もちろん、彼に頭を撫でられるのは、人生で初めてのことだった。
「怒らないのね」
不思議になって尋ねると、彼はなんでもないことのように言う。
「怒るわけない」
「あなたはたくさん努力してきたんでしょう。その努力の結晶を、三十年の結晶を、私が台無しにするかもしれないのに? ご両親泣くんじゃないの」
自分でも、こんなに厳しいことが人に言えたんだなあと感心する。愛というのはすごいし、裏切られたときの痛みによる逆上の力もすごい。
私は自分を守るために、いわば防御を高めるために、彼を攻撃している。やっていることはただ彼を傷つける、無駄な殺生なのだけれど、本当にやりたいことは私自身を守ること。出来るだけこの突き槍を研いで、先を尖らせあなたに向けることで、私は安全なドームのなかで守られた気持ちになれる。
彼は、うんうんと私の言葉に頷いて見せてから、にっこりと微笑んだ。ほんとうに不可解だ。
「報われたよ、君と結婚できた」
*
この、どうしようもない、辛さも、多分報われる日が来る。
もしくは風化して、そんなことあったっけ? ってとぼけられるようになる。懐かしい思い出に、なる。
今はどんどん過去になるということ。時間は過ぎるということ。
彼氏がいつ結婚を申し出てくれるだろう、と焦っていた時にはなかった感情だ。時間がすぐ過ぎ去って欲しい。私自身は老けてくかもしれないけれど、きっと心は時間が癒してくれる。
だから、来月結婚する。
最初のコメントを投稿しよう!