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結末から始まる物語
大学病院の精神科の奥に、長いあいだ入院してる男がいる。
現状、社会復帰は二度と不可能。
周囲への認知能力はなく、ときおり、断末魔のような叫び声をあげる。
自主的に食事をとることはなく、眠りをきょくどに恐れ、おそらくは、このまま衰弱死していくのだろう。
ひとつ、謎がある。
男は自傷行為があるため、拘束衣をきせられている。だが、なぜか、その拘束衣の下に生傷が発生する。
誰かが見ているときには、その現象は起こらない。
男が一人になったときにだけ、それは起こる。
ただの傷じゃない。肉体の一部が欠損していくのだ。
もともと、男は正気を失った原因と思われる交通事故のせいで、両手と片足がないのだが。
残っている左足の指が一本、二本となくなり、今ではすべての指が失われてしまった。
ふくらはぎや、ふとももの肉が、ごっそり、えぐりとられていることもある。
全身に、そんな傷がたえない。
男が自分でやっているとしか考えられないのだが、そんなことがあるだろうか?
男は拘束衣で体の自由をうばわれている。
えぐりとられた肉塊も見つからない。
自分で食ってるんだと言う者もいるが。
科学的には説明のつかない、この現象を、看護師たちは“呪い”だとウワサしている。
「この人、前は白バイ警ら隊だったらしいよ。検挙率高くて、やり手だったんだって。どんなことがあれば、人間って、ここまで壊れるんだと思う?」
「へえ。今からじゃ、ぜんぜん想像つかないですけどね」
「ものすごく怖い思いしたんじゃないかって、先輩ナースは言ってたけど」
「やめてくださいよ。そういうの、苦手なんですから」
二人の看護師が男の介護を事務的にこなしたあと、病室を出ていった。
ぱたんと、ドアがとざされる。
とたんに、病室のなかから、叫び声が聞こえた……。
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