海牛

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私と美江は、暖簾をくぐると二人がけの席に座り、冷やしあめを注文した。 「関東で冷やしあめなんて、珍しいわね。」 それを聞いた店主が、にこやかに答えた。 「昔は関東でも飲んでいたんですよ。」 それは初耳である。 「そうなんですか?」 「ええ、なんでも戦争の影響で関東じゃ見なくなったみたいです。私の祖父が冷やしあめが大好きで、茶屋でも出そうと思ったんです。」 出された冷やしあめを一口飲むと、水飴の甘さと生姜の風味がとても美味しい。 幸せそうな表情をしていたのか、店主はとても嬉しそうな顔をしていた。 冷やしあめを堪能した後、美江に手を引かれ境内を散策する。 散策していると、小さな池があった。 美江はその池のそばに行くと、しゃがんで首を傾げた。 不思議に思った私も、美江の隣に行き池を覗き込む。 とても澄んだ綺麗な水だが、魚や亀といった生き物は一匹もいなかった。 「不思議ね。全く生き物がいないなんて。」 そう言ったかと思った矢先、美江は池に手を入れ、そして濡れた手をぺロリと舐めた。 私は慌てて、美江の腕を引いた。 「何をしているんだ。」 「ごめんなさい。」 私に謝る美江は、自分でも驚いているように見えた。 「ここの池、水がしょっぱいの。それで生き物がいないのね。」 「海の近くだから、海水なのかもしれないな。それにしても驚いたぞ。」 その先の言葉を紡ごうとする前に、美江は他の場所に行ってしまった。 私は頭を掻きながら、美江の後を追う。 その時、足元に千切れたしめ縄が落ちていた。 私は美江の後ろ姿を見ながら、何もなければ良いと密かに祈ったのだった。
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