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俺は、黙って隣に座っていた。
何となく、今は彼女をそっとしておこうと思った。けど、側にいたいと思ったから。
「なんで……」
明子さんが唸るように声を上げた。
「なんで? どうして、世の中って理不尽なの?
光はいつだって、健気で多くを望まない優しい子で……。
あんな容姿なのに、自信が無くて。けど一途で、意思も強くて。空手も強くて、私の事守ってくれて……。
ねぇ? どうして!?」
最後は俺の顔を覗き込むようにして、言葉を吐き出した。
彼女の顔は酷く苦しそうに歪んでいて、その瞳からは涙が湧きだした。
明子さんは自分の鞄に手を突っ込んでガサゴソかき回し、小さなハンドタオルを取り出して、目元に当てた。
ハンドタオルから嗚咽が漏れていたし、タオルを握る両手も細い肩も震えていたのに、俺はその様子をただ見守っていた。
いちおう彼氏なんだから、抱き寄せて腕の中に閉じ込めて、安心できるようなセリフを吐き出すべきなんだろうけど……
身体が動かなかった。
明子さんが守りたいもの――、それが何かは、はっきりわからない。
けど、たぶん俺は対極の立場にいるような気がするから。
今、彼女が泣いている原因。――助けてあげて欲しいと思っている人物を、俺は助けてあげられる自信がない。
俺の出来ることなんて、目の前にいる好きな女の子が、世の中の理不尽さを嘆いて泣いている姿を、こうして見守ることしかないんだ。
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