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「実はね……、先日妻と正式に離婚することになってね……」
そう告白するその顔は、自虐的に歪んでいた。
「そもそも妻は最初から涼の治療には反対していたんだ。
記憶は消すべきではないとね。
しかし、私は彼女の意見を無視して、強引に治療を進めた。
そんな私に愛想をつかして、妻は家を出て行ったんだ。それで、涼はますます不安定になっていった。
医師であるというプライドが邪魔して、一番身近な息子のことを理解しようとしなかった。
本当は、医師である前に父親でなければならなかったのに……。
涼が事件をおこしたことで、そのことにやっと気が付くことができた。そして、踏ん切りがついた……」
そう言い終わると、芳樹医師は先ほどとは違い、覚悟を決めたような強い瞳で私を見ていた。
「涼に記憶を戻そうと思うんだ……。
中山さんを見ていてね。そう強く思ったんだ。
私も親として涼と向き合おうと思う。君のお母さんのようにね……」
芳樹医師とリョウとのこれからの事を思ったら、安易に「がんばってください」とは言えそうになかった。
そこまでの余裕は、今の私にもない。
私はできるだけ唇を持ち上げて何度も頷いた。
「先生、また来月……よろしくお願いします」
それから、そう言って微笑んでみせた。
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