謝肉祭

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会社が借り上げた社宅は築何十年だろうか。 清掃が行き届いておらず、転勤早々、膨大なカビやホコリの掃除に追われた。 町の住人は親切だが、キリスト教や古くからの慣習にどっぷり漬かっており、機嫌を損ねたら何をしてくるか分からない恐怖がある。 おまけに訛りが酷くて、ひどく会話がしにくいのだ。 現地の農産物を買い付けて、本社に送る。これが俺の仕事だ。 海外の作物は使用できる農薬などが日本と異なり、逐一チェックが必要だ。 更に、為替の知識が必要になる。 もちろん円高の際にはうちのような輸出企業の方が儲かる。 しかし燃料等は輸入に頼っているため、単純に円が強ければ儲かるというものではない。 円相場をチェックして、パソコンを閉じる。 シャワーで汗を流そうと浴室へ向かった。 洗面所の鏡が湿気で曇っている。 確か、ミラーの語源がミラクルだった気がしたが、こんな鏡では何も映らない。 人差し指で擦ると、疲れた顔をした40代の男が浮かんだ。まごうこと無き自分である。 取っ手を捻ると、直ぐに水が出た。 冷たいシャワーが気持ちいい。 快感は短かった。 眼に入ったものは見るからに身体に悪そうな緑色のカビだ。 急いで身体を拭き、漂白剤を思い切りかけてスポンジで洗い流す。 寝室の壁には黒い斑点が増殖している。 赴任してすぐ改装したのに、もう浸食が始まったのか。 心の中で毒つき、洗剤を手に取る。「これから寝るのに、塩素系はまずいな」 独り言をつぶやき、消毒用アルコールを振りかける。 揮発したアルコールの臭いが鼻についた。 窓に隣接するカーテンにも、びっしりと黒いカビが繁茂していた。 カーテンを取り外し、ゴミ袋に突っ込む。 今週末、買いに行かないと。
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