2 非雲

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 攫われた後、あの男はあたしにイジメに関する話をしない。むしろ、あたしの方があの男に問われるまま事実を淡々と語っている。だから、あの男は今ではあたしの過去にイジメがあったことを知っている。けれども当時、攫われる以前に知っていたかどうか。そこまであの男は、あたしのことを調べたか。あたし自身に気づかれぬよう、ひっそりと……。  あの男は、あたしを愛している。あたしが攫われていた期間、口にしたことは一度もないが、あたしにはそれがわかる。  ……だとすれば調べたのかもしれない。後知恵があたしにそう囁く。  もっともイジメというのは陰湿だ。他者が見て簡単に見抜けはしない。暴力がエスカレートし、傷が残ればわかるだろう。けれども大抵、服からはみ出す部分に外傷を与えるようなマネをしない。だから普通はわからない。外から見てもわからないのだ。  あの男があたしの入浴姿を覗いていればわかるだろう。が、簡単に覗けるとも思えない。あたしの家はマンションの五階。窓は外壁に穿たれているから向かいのビルの適当な階に陣取らなければ覗けない。  あの男に、それをする勇気があれば……。  あの男に、それをする機会があれば……。     
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