2 非雲

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 が、あの男はおそらくそんなことをしていない。あたしに気づかれずにストーカーを半年以上したくらいだから、その気はあっただろうが、機会に恵まれなかったと思う。あたしの家があるマンション向かいの建物が雑居ビルなら可能性はあったかもしれない。けれども中堅ITメーカーの自社ビルでは警備がキツくて無理なはず。だから、あの男は驚いたのだ。あたしの肩に近い腕や腹部や腰や尻の醜い腫れを見て……。あの男は誤魔化したつもりだろうが、はっと息を呑む、その息音をあたしははっきりと聞いている。  あたしの心が抵抗を諦め、あの男に裸に剥かれたときのことだ。攫われて半月ほど経った日の早い夜。あの男に攫われてからずっと、あたしは深い困惑と睡魔の中にいたが、すべての感覚が死んでいたわけではない。  あれから先のことはあたしにとってまた別の困惑だが、あたしはあの男から直接的な暴力を受けたことがない。精神が弛緩したあたしを無理やり犯したのは事実だが、あの男にその行為を許してしまったあたしにも責任の一端がある。時間が経てば考えが変わるかもしれないが、現時点であの行為は棚上げだ。結局あの日、あの男はあたしを抱かなかったのだし、初めて抱かれたときにはあたしにもそれなりの覚悟ができていたのだから……。     
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