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いとひるぐして 5
家に帰る頃にはすでに空が暗くなりかけていた。祖父たちは心配していないだろうかと修二は不安になる。いい加減に持った弁当箱と、ポケットに入れたサンゴの首飾りがやけに重く感じられた。喫茶店の前まで帰ってきたが、扉を押すのがやや躊躇われる。
「ただいま……」
恐る恐る喫茶店の扉を開けたが、祖父や客の姿は見当たらなかった。明かりは落とされておらず、点いたままのテレビは低気圧の接近を伝えている。まさか自分を探しに出かけていたりはしないだろうかと修二は思ったが、奥の厨房から水仕事の音がした。恐らくは祖父だろう。修二はやや強く声を張った。
「祖父(じい)ちゃんただいま」
修二の声に呼応して、水音が止まる。祖父だと思っていた修二の予想に反して、のれんをくぐって出てきたのは真奈美だった。カウンターに近づきながら真奈美が口を開く。
「修ちゃんおかえり。遅かったねって服どうしたのさ?」
彼女の問いかけに、修二は言葉を詰まらせる。まさか人魚にやったと馬鹿正直に答えても信じてもらえないだろう。
「泳ぐのに邪魔だったから、脱いだら、流された」
「ああ、そう」
修二の咄嗟の嘘に対して、真奈美は興味なさげに相槌を打った。そして、まあ良いや、と続けると、真奈美は掌を修二の方へと差し出す。
「弁当箱。一緒に洗っちゃうから貸して」
「ああ、うん。はいこれ」
真奈美に促され、修二は御社から持ち帰った弁当箱の事を思い出した。謝罪を口にしながら修二は弁当箱を彼女の手に乗せる。
「遅くなってゴメン」
「気にしてなかったから別にいいよ。まあ、さすがに遅いとは思うけど」
どうやら修二が考えていたより、祖父や真奈美は安穏としていたようだった。言いながら真奈美は弁当箱を受け取る。
「おや?」
同時に、真奈美は素っ頓狂な声を上げた。やけに軽いね、と呟きながら真奈美は弁当箱の蓋を取る。対する修二も、どう返したものか迷っていた。
「修ちゃん、食べちゃった?」
「そんなわけないだろ」
食べたのは人魚だよと、続けるわけにもいかず、言い訳めいた言葉で修二は返した。
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