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「海鳥か何かが食べたんじゃないのか?」
「わざわざ蓋を外して?」
どうやら丁寧に蓋を敷物にしてあったのはサンゴの趣味によるものらしかった。何気ない真奈美の疑問が、修二の心をちくちくと刺す。いっそのこと、お腹を空かせた人にあげたと逝ってしまえば良いのかもしれないと思い、修二はある問いかけをすることにした。
「空だと何かまずいのか?」
別に何か理由があるわけじゃないんだけどね、と返ってくるものだと修二は考えていた。その時に、サンゴの事を伏せて打ち明ければ良いと考えていたのだが、修二の予想に反して、真奈美は眉をひそめて考え事を始めた。その様子があまりにも真剣だったため、修二は気おされてしまう。わずか数瞬だが、長い時間が流れる。しばらくのち、この辺に伝わる民話なんだけどねと、と口を開くと、真奈美は修二に言い聞かせるようにゆっくりと続けた。
「昔この辺にね、悪い龍の神様がいたの」
その龍神はたびたび現れては、この辺りの海を荒らして回っていたのだという。その間、人々は恐れ慄(おのの)き、龍神が一日も早く去ることを祈りながら、じっと耐え忍ぶ生活をしていた。しかしある年の事、数か月にも渡って海が荒れたのだという。漁を生業としていた人々は、一人、また一人と命を落としていった。限界を迎えた人々は、村で一番美しい娘を龍神への生贄に捧げ、これにより龍神は機嫌を直し、海は平穏を取り戻したのだという。
「それが弁当箱とどうつながるんだ?」
真奈美が一息入れたところで、修二は率直な疑問をぶつけてみた。先ほどの彼女の話と、弁当箱が空なのがいけない理由がつながるようには思えない。逸(はや)る修二に、まだ続きがあるのと制すと、真奈美はさらに語り始めた。
「その娘さんには婚約者がいてね、今生(こんじょう)の別れにひどく悲しんだというわ」
余りにも涙を流す娘を不憫に思った龍神は、娘にある提案をしたのだという。
『我はしばらく旅に出る。行く当てのない旅だが、貴様が我の世話役を務めるというのであれば、いずれ生きてこの地に戻ることもあるだろう。我の目の前で貴様が想い人と口づけを交わしたならば、我は貴様の任を解いてやる』
龍神の提案を受け入れた娘は、半身を泳ぎやすい魚の姿に変えられ、龍神と旅をしたのだという。そして、このあたりの海域に帰ってきては洞窟の中から男の名を叫び続けたそうだ。
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