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いとひるぐして 6
「本当に荒れ始めた」
二階の窓から海の様子を眺めながら、修二は誰にともなく呟いた。祖父は老人会の集まりで、真奈美は大学の用事でそれぞれ留守にしている。家の中には修二ただ一人だ。庭でラジオ体操を行った際には静まり返っていた海が、今では窓ガラス越しに波音がハッキリと聞こえる程に荒れている。空には重たい雲が立ち込め、風鈴は絶え間なく音色を奏でている。洞窟の方へと視線を向けると、岩壁にぶつかった波が激しい水しぶきを上げているのが見えた。
「これじゃあ、海行けないな……」
言いながら修二は仰向けになった。鞄に手を伸ばして、サンゴに貰った首飾りを引き寄せる。蛍光灯の明かりに緑青のペンダントトップを透かすと、波音と相まって海の中に居るような錯覚を覚えた。
サンゴに悪いとは思うが、この荒れようでは出るのは危険だろう。恐らくもう二度と会うことは無いだろう事を思うと、昨日もっと話しておけば、もっと遊んでおけば良かったと後悔が止まらない。昨夜の真奈美の言葉を思い出して、顔が熱くなるのを自覚する。ほんの一日だけの関係だったが、修二の心の中は病床の母ではなく、サンゴで占められていた。
――ゴメンな……サンゴ。
荒れる海の中、一人待つサンゴを思い、修二は心の中で謝る。大の字になって、静かに海の声を聴いていると、波音に混ざってそれは聞こえた。
『……ぅ……ん』
「ん?」
誰かに呼ばれたような気がして、修二は上体を起こして耳を澄ませた。祖父が帰ってきたかと思ったが、扉の音が聞こえない。一体誰だと思案していると、波音に混じって再度声がした。
『……ゅぅ……ゃん』
「祖父ちゃん? マナ姉?」
先ほどよりやや強く聞こえた気がする。声を張って家人を呼んでみるが、当然返事は無い。そもそも件の声は家の中からというより外から聞こえたように感じられた。窓に張り付いて外の様子を見てみるも、やはり真奈美らの姿は見当たらない。波はさらに強くなっているようだ。
「なんだ……?」
呟きながら、首を傾げる。空耳か、ともう一度転がりかけた瞬間、それは確かに聞こえた。
『……ゅぅちゃ……』
――サンゴだ……!
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