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慌てて立ち上がって窓を開けると、波音とともに強い風が室内に押し寄せた。簾(すだれ)がはためき、蛍光灯の引きひもが激しく踊る。風で開くのが辛い瞼を開き、海面に目を凝らす。白い筋を幾重にも重ねて波打つ海面に向かって、修二は力の限り叫んだ。
「サンゴ――っ!!」
『……ゅぅ……ゃん』
返ってきたのは、弱々しい、ともすれば風にかき消されてしまいそうな声だ。続けざまに二度、三度と呼びかける。その度、時に強く、時に弱く修二を呼ぶ声が戻ってきた。しかし、風に攪拌された声は、発生源はもとよりその方角さえも曖昧にしてしまっている。何度呼びかけた頃だろうか。不意に風が弱くなった。同時に、砂浜の端、洞窟の方から声が響く。
『しゅぅちゃん』
「!?」
そこからの修二の行動は早かった。窓も玄関も開けっ放しにして、洞窟に向かって浜辺を駆け出す。時折聞こえる声は、一歩近づくほどにより大きく、悲痛になっていき、焦燥感を加速させた。激しい風に幼い体を揺さぶられ、重い砂が足を捉える。波打ち際は平時よりも近く、時折打ち付ける水飛沫(しぶき)が容赦なく修二を濡らす。走りなれない浜辺に躓(つまづ)くたびに湿った砂が、手に、足に、口に、まとわりつく。それらを払うこともせず、修二はがむしゃらに走った。
やがて洞窟が近づく。ぽっかりと開いた入り口は、大きな波が来る度、鯨のように海水を飲み込み、吹き抜ける風となって、叫び声のような高音を吐き出している。一瞬の躊躇の後、修二は洞窟へと足を踏み入れた。増えた海水がサンダルを濡らし、足音と波音が岩壁にぶつかり複雑に反響する。波に合わせて吹く風が、修二の体を揺さぶった。奥に進むにつれ、水位は徐々に上がっている。
「サンゴ――っ!!」
最奥にある広間に足を踏み入れると、増えた海水は修二の踝(くるぶし)よりやや高い所まで来ていた。再度サンゴを呼びかけるも、返答はない。それどころかサンゴの姿すら見当たらなかった。岩壁の隙間からは、荒々しく波打つ海の光景だけが覗いている。そこで修二は気が付いた。
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