0人が本棚に入れています
本棚に追加
――声が、止んでる……?
いつの頃からか、修二の耳に声が届かなくなっていた。洞窟に入ってからだろうか。いや、もっと前から聞こえていなかった気がする。
――もう帰っちゃったのか?
「サンゴ――っ!!」
脳裏によぎった考えを振り払うように、修二は大海原に向かって叫んだ。少しでも遠くへ届けばと、一歩、また一歩と足を進めて、何度も叫ぶ。踝までしかなかった水は、脛(すね)、膝、そして腿(もも)へと水位を増していく。
――御社より後ろなら大丈夫だろ。
そう思い、前だけを見てサンゴを呼ぶ。水位はいつの間にか腰のあたりまで来ていた。と、次の一歩を出した瞬間である。
「サンッ――!?」
引き波に吸い寄せられて、不意に体が前に出た。踏み込むはずだった足がするりと滑り落ちる。視界が一気に海水で滲む。慌ててもがくが、波の勢いが強く思うように水を掴めない。岩棚に戻ろうとするも、予想できない水の動きに、光景が目まぐるしく変化し対応できない。叫び続けた肺が悲鳴を上げる。衣服が帆のように水流を捕らえ、体を激しく揺さぶった。もがけばもがくほど、陸が遠のいていくようだった。空気を求めて海面を目指すが、手足をばたつかせるほど海面が遠のいていく。呼吸が我慢の限界になり、空気を一気に吐き出す。開いた喉に、海水が飛び込むように流入してきた。体の動きが鈍くなり、手足が重たくなっていく。視界がぼやけ、徐々に色を失っていく。思考が少しづつ途切れがちになっていく。薄れゆく光景の中、見覚えのある赤いTシャツが近づいてくるのが見えた。
――俺……死ぬのかな……。
周囲が徐々に暗くなっていく。柔らかい何かが唇に触れたのを感じながら、修二は意識を手放した。
最初のコメントを投稿しよう!