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――いや、まだ変わってない事があるか。
洞窟に入る前、波の音に混じって空洞音が聞こえた。後に調べて分かったことだが、奇妙な音を出すことで、その筋では有名な洞窟だそうだ。今でも、海が荒れた日には人を呼ぶような音を出している事だろう。変わっていないのはそれだけではない。
ポケットから緑青の石が輝く首飾りを取り出し、夕陽に透かして見る。ゆらゆらと動く光に修二は、かつてと同じように海の中に居るような錯覚を覚えた。この首飾りの事は未だに誰にも伝えていない。言ってしまえば、あの夏の記憶が夢物語になってしまう気がしたからだ。
――帰るか。
そう思って、ポケットに首飾りをしまいかけた時、不意に背後から足音がした。ポケットに入るはずだった手を下ろして振り返る修二に、足音の主は言う。
「きれぇな石ねぇ」
「昔、大切な人に貰った宝物なんだ」
言いながら、修二は声の主を見る。大人の女性。年の頃は修二と同じくらいだろうか。緩やかに巻いた黒髪と、ぼんやりとした垂れ目が懐かしい。
「約束。チューはもぉしてしまったけど、大人になったけぇギューってして」
「あぁ」
かつてと同じ笑みを浮かべて要求する彼女を、修二は抱き寄せ、耳元でささやいた。
「サンゴ、愛(ひるぐ)してるよ」
アイシもよぉ、と返すサンゴを、修二は力の限り抱きしめるのだった。
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