0人が本棚に入れています
本棚に追加
いとひるぐして 2
「ここか?」
しばらくの後、修二は砂浜の端にある洞窟の前に来ていた。サンダルの中に入った砂を、足を振って追い出す。設えられた赤い鳥居を見ながら、修二は真奈美の言葉を心の中で反芻した。
『家を出て砂浜を右にざーっと歩いていくと、洞窟の前に鳥居があるのが見える筈なの。その洞窟をくぐっていくと、奥にちっちゃな御社があるから、それにこれをお供えしてきて。あ、すでに置いてある奴があるから、それの回収も忘れないでね』
手の中の弁当箱に目を落とす。プラスチック製の透明な蓋から、おにぎりが幾つか見えた。普通お供え物と言えば団子ではないのかと思ったが、風習というか文化の違いなのだろうと割り切ることにした。それにしても、と思う。
「暗いなあ」
洞窟の中は薄暗く、入り口から奥行きの深さははっきりとしない。光源は特に何も持っていないが、果たして大丈夫なのだろうか。岩壁で複雑に反響しながら吐き出される波音はまるで、ゲームで聞くモンスターの鳴き声のようだ。小学生に頼むような場所だ。危険ではないのだろうとは思う。だが、未知の場所に対して――恐怖とは言わないまでも――躊躇を覚えてしまう。
「……暑い」
だが、考える時間はそんなに長くはなかった。今夏一番の気温と、海からの照り返しを真っ赤なTシャツが容赦なく吸収していく。背筋を川のように伝う汗が気持ち悪い。洞窟の中はさすがに涼しいだろ、と思った瞬間足は自然と動いていた。
「涼しい」
洞窟の中はひんやりとしていた。体がさっと冷えるのを実感する。思わず呟いた言葉が、波音に混じって反響した。海水こそ入り込んでなかったが、多くの人が通っているせいだろう、凹凸の少なくなった岩の上をサンダルで慎重に歩いて奥を目指す。三十秒ほどで見えた洞窟の奥は、海とつながった広間のようになっており、波打ち際には入り口と同じような鳥居が設えられていた。鳥居の奥には、――最近設置された物だろう――場違いに新しい階段が設置されており、最上部には、それとは対照的に古めかしい小さな木製の祠のようなものが見える。
最初のコメントを投稿しよう!