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「あれか?」
誰にともなく呟いて、修二は三段ほどの階段に近づく。穏やかな海面ではあったが、波に洗われて床面は濡れていた。滑らないように気を付けながら、階段の二段目から祠を見る。真奈美が言っていた御社というのは恐らくこれだろう。修二がもってきたものと同じような、プラスチック製の弁当箱がすでに置かれていた。
「蓋、開けとくのかな?」
置いてある弁当箱を見て、修二は呟く。外された蓋が敷物のように弁当箱の下に置かれている。鳥か何かが啄(ついば)んだのだろうか、中は空だ。真奈美からは持ってきた弁当箱を供えて、置いてある弁当箱を回収するようにしか言われていない。供え方の作法としてどうするのが正しいのか、修二には判断できなかった。
――前の奴と同じようにしとくか。
視線を落として、持ってきた弁当箱のロックに手をかける。次の瞬間、
「ぎゃあっ!」
足首を掴まれた感覚を受け、修二は短い悲鳴を上げた。反射的に体をのけぞり、バランスを崩して尻もちをつく。同時に、弁当箱が階段にぶつかって波打ち際へと転げ落ちていく。
「痛ててて――……」
何なんだよ、と続けく筈だった言葉は、修二の奥深くへと血の気とともに引いていった。
階段の脇から、青白い右腕が伸びていた。腕は何かを探すように動かして辺りを叩くと、やがてパタリと動きを止める。
――ヤバい。
脳が警鐘を鳴らす。心臓が早鐘を打ち付ける。一刻も早くこの場から去らなければいけないと思いながらも、金縛りのように体が硬直して動かない。
そうこうしている間に今度は左腕が海から出てくる。右腕と同じように何かを探しているようだった。
――ヤバい、ヤバい、ヤバい!
頭の中を、危機感が満ちていく。呼吸は浅く早くなる。だが、指先すら満足に動かすことが出来ない。
左腕の動きが止まる。一対の腕は指先に力をこめると、海中からゆっくりと上体を持ち上げた。潮水に濡れた髪が、階段の脇から徐々に姿を現す。
――ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!
今すぐにでも逃げ出したい。叫びたい。暴れたい。どんな形でもいいから、行動を起こしたかったが、恐怖がそれを抑制する。
潮水でぴったりと顔面に張り付いた髪の向こうで、そいつは口を開いた。
「……お腹……空い、たぁ」
「………………………………は?」
ようやく絞り出した言葉は、波の音にかき消された。
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