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いとひるぐして 3
「いやぁ、ありがとうねぇ」
階段に腰かけて、修二が持ってきたおにぎりをぺろりと平らげると、そいつは修二に礼を言った。弁当箱のロックをかけながら、そいつは間延びした声と独特な言葉遣いで名乗る。
「アイシはサンゴ言うんよぉ」
「高井、修二」
アンタはぁ、と問いかけるそいつ――サンゴから弁当箱を受け取りながら、修二は返す。今更意味があるのか分からないが、形式として御社の前に弁当箱を置いて、同じように階段に腰を下ろす。神様から祟られるような事はないだろうかと、修二は不安になったが、血の気のなかった体が色を取り戻していく様子を見ていると、自分の判断が間違っていないように思える。
砂浜のような白い肌。年の頃は修二と同じくらいだろうか。顔は年の頃相応にあどけないが、緩やかに巻いた肩甲骨の辺りまで届く黒髪と、ぼんやりとした垂れ目がかわいらしい。胸元には、緑青に透ける石をあしらった首飾りが光っている。肩から前へ流れる横髪は、海藻を巻いただけの体から器用に秘部を隠している。
「これ、着とけ」
「なんでぇ?」
「良いから!」
裸同然のサンゴが急に恥ずかしくなり、修二は自身の着ていたTシャツを差し出した。サンゴはよくわからないといった風ではあったが、修二が強く言うともたもたと袖を通し始めた。恥ずかしくないというより文化の違いだろうな、と下半身を見ながら修二は思う。
銀色に輝くきらびやかな鱗(うろこ)。涼しげに透き通った鰭(ひれ)。まさしくそれは魚の尾であった。
人の上半身に付くはずのない、魚の下半身。腰の辺りで徐々に変わっているのか、人の部分と魚の部分の境界線ははっきりしない。果たしてどのような動きをするのだろうか。
思わずまじまじと見つめていた修二に、サンゴが問いかける。
「しゅぅちゃんはぁ、人魚見るるん、初めてかぁ?」
「やっぱりサンゴは人魚なのか!?」
思わず身を乗り出して、修二もサンゴに問いかける。勢い余って互いの呼吸が触れる距離になってしまう。慌てて距離を離す修二の様子に、サンゴは楽し気な笑みを浮かべて答えた。
「こんな人間居らんでしょぉ」
それはそうなんだけど、と呟く修二であったが、俄かには信じられなかった。人魚というのは漫画やゲームの中だけの、空想上の生物ではなかったのか。
未だ懐疑的な視線を向ける修二の視線に気付いたのか、サンゴは自身の尾を妖艶に撫で上げながら、問いかけた。
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