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「良かったらぁ、アイシの尾(あし)ぃ、触ってみるるかぁ?」
とても同年代――かどうかは不明だが――とは思えない蠱惑的な指使いに、修二は思わず固唾を飲んでしまう。そしてそんな自分を恥ずかしく思い、目を反らしてぶっきらぼうに答えた。
「良いよ! 信じるから!」
顔が熱くなっているのは夏のせいだと思い込むことにして、修二はさらに続ける。
「大体、なんで死にそうになってたんだよ!」
先ほどまでのサンゴはまるで餓死寸前といった風であった。一体どれだけの期間食べなければあれだけ衰弱するのか、幼い修二には想像もできない。気恥ずかしさを隠すための質問ではあったが、気にはなっていたことだ。対するサンゴは、先ほどまでの余裕が消え失せ、もじもじと気恥ずかしそうに口を開いた。
「実はアイシ、迷子なんなぁ」
「迷子?」
サンゴの口から発せられた思いがけない単語に、修二は復唱してしまった。迷子で死にかけるのかと思う修二に対し、そうなんよぉ、と返すとサンゴは続けた。
「アイシら普段は、海の底で暮らしるるんけどぉ、ちょぉと回遊(さんぽ)に出たらぁ、あれよあれよと海流にさらわれたんよぉ」
なぜだか修二にはかつてテレビで見た、砂漠で遭難した冒険者の姿が想起される。海は広大な筈だ。救助の当てはあるのだろうか。それを伝えると、サンゴはなぜだか嬉しそうに答えた。
「心配してくるるんかぁ? でも大丈夫よぉ。ここぉ待ち合わせ場所だかぁ」
サンゴが言うには、この御社で待っていれば明日にでも迎えが来てくれるらしい。お祭りやデパートにある、迷子預り所のようなものだろうかと修二は何となく理解した。そういう意味であれば、なるほど確かに、遭難というより迷子と言ったサンゴの表現は正しいだろう。
「じゃあ、また迷子にならないように気を付けろよ。俺帰るから」
納得しつつ、修二は立ち上がった。潮水で濡れたズボンの尻を軽くはたく。別段困っている風でもないようだし、あまり長居する必要もないだろう。御社からすでに置いてあった弁当箱を回収するため体を反転させると、ズボンを軽く引っ張る感触があった。気になって下を向くと、サンゴがズボンの裾を軽くつまんでいた。
「アイシと一緒ぉ居(い)ってぇ?」
涙を湛えた上目遣いでこちらを見つめるサンゴを見て、修二は生まれて初めて、女ってずるい、と思うのであった。
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