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いとひるぐして 4
気が付けば、空はほのかに茜色に染まりかけていた。
「流石にもう帰るよ」
岩棚のようになっている波打ち際に腰かけ、修二は言った。互いの家族の話しや、効率の良い泳ぎ方など、時に喋り、時に泳ぎながらサンゴと過ごした。話しては海に入り、泳いでは陸に上がってを繰り返したせいで修二の体力は限界寸前だ。家を出たのは昼前だったが、今は一体何時頃だろうか。昼食を摂っていないこともあり、腹の虫は鳴りっぱなしだ。
「もう、遅いもんねぇ」
寂しくなるるねぇ、とサンゴは続ける。夕焼けに照らされているためだろうか、上半身だけ海面から出したサンゴの表情は、ひどく物憂げであった。考えてみれば、――サンゴから聞いたことだが――修二と同い年の女の子である。明日になれば迎えが来るとは言え、暗い海辺で一夜を過ごすのに不安を感じない筈がない。海中でゆらゆらと揺れる尾にも力が入っていないように見えた。
可能であれば家に上げてやりたいところだが、修二自身も居候の身である。人間ではないサンゴを家に上げてもらえるよう頼むのは気が引けたし、何より家に上げる方法も、上げた後にどうするのかも思い浮かばない。修二自身、罪悪感を覚えないわけではないが、サンゴの寂しさを紛らわせてやれそうな方法は思い浮かばない。
「サンゴが人間だったら良かったのになあ」
「しゅぅちゃんがぁ人魚だったぁ良かったになぁ」
叶わないと思いつつも吐き出した言葉は、サンゴと妙なユニゾンを演じた。思いがけぬサンゴの言葉に、いや無理だろ、と溢す修二に対し、サンゴは、そぉも良いねぇ、と漏らす。
「いやいやいや、人間は人間、人魚は人魚だろ?」
サンゴの言い方ではまるで、人魚が人間になる方法があるようではないか。それを伝えると、サンゴは嬉しそうに口を開いた。
「そぉよぉ。人魚は人間になるるんよぉ」
「どうやって?」
「内緒ぉ。そぉに今は無理なんしぃ」
「なんだそりゃ」
修二としては、サンゴが人間ならば家にも招きやすいという事だったのだ。今実行できない方法ならば意味がない。そう思う修二に対しサンゴは、しゅぅちゃん、と呼びかけて、続けた。
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