憧れの上司

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「な……何をするんですか、部長!」  近くにあったデスクに凭れて、倒れ込んだ体を何とか立て直した遼河は再び俺に詰め寄った。  今度は力強い手で俺の手首を掴み、コピー機の横の壁に縫い留められた。  ガシャン、ガシャンとコピーを繰り返す機械の音に紛れて、遼河の荒い息遣いが聞こえる。 「――お前、Ωか?」 「ちが……っ! 放して下さいっ」 「前々から気になっていたんだ……。いつもいい匂いがしてはいるが、今日は一段と甘くて、強い……」 「バ……バカなこと言わないでください! 俺はβですっ」  掴まれた手首からじわじわとあり得ない温度の熱が伝わってくる。その熱はまるで猛毒のように俺の体に広がり、まだ周期には早いはずのフェロモンを溢れさせる。  わだかまった熱と共にぶわっと甘い香りが広がると、遼河は二重の奥のこげ茶色の瞳を妖しく光らせた。 「誘っているのか? 俺を……」 「違うっ! これは……違うんですっ」 「何が違うんだ? この香りは間違いなく俺を誘うΩの匂いだ。仙名……」  わずかに身じろいだ遼河の体から強烈なオスの匂いが湧き立ち、俺は目の前が一瞬真っ白になった。  心臓が早鐘を打ち、下半身が痺れたように疼いて立っているのもツラい。  このままでは前倒しで来てしまった発情期に、理性を保っていられる自信がない。  密かに想いを抱いていた彼に、我を忘れ、狂ったように腰を振り強請る獣のような姿を見られたくない。 「部長……、いい加減に……してく……っうぅ」  自分より背の高い彼を仰ぐように顔をあげていたのがいけなかった。心とは裏腹に抗いを見せた唇は呆気なく塞がれ、厚い舌に口内を蹂躙された。 「…っん…ふ……っうぅ」  普段の冷静でスマートな彼からは想像できないほど、そのキスは荒々しくて熱かった。  深く重なったままの唇の隙間から漏れるのは吐息と俺の小さな悲鳴。  絡めた舌が食いちぎられるのではないかという恐怖に、喉の奥が締め付けられる。  遼河と繋がっているのは唇だけ――それなのに全身が快感に震えてしまう。  無意識に逞しく引き締まった腿に自分の腰を押し付けて、すでに猛っているモノを誇示する。  それに気づいていながらも、角度を変えながら唇を貪る遼河に苛立ちだけが募っていく。
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