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揺れる心
半ば拉致同然に彼の車に乗せられ、連れて来られた先はタワーマンションの最上階だった。
それまで終始無言だった遼河が口を開いたのは、俺を寝室のベッドに押し倒した時だった。
俺に馬乗りになるような格好で、ネクタイを引き抜き、ワイシャツを力任せに開けると、フローリングの床に飛び散ったボタンが小さく音を立てた。
「やだ! こんなの……部長っ!」
1度火をつけられた体は、このマンションに移動してくる間も燻り続け、俺の思考を確実に奪っていった。
部屋はやけに静かで、内縁の奥さんと子供の気配は感じられない。
もしも、彼女たちがいたとして、いきなり俺を連れ込んで押し倒した遼河を見たらどう思うだろう。
きっと、遼河の事が好きで一緒になったはずだ。その男が目の前で男を犯す光景……。
「部長!――奥さ…んに……っ」
「お前が心配する事じゃない。黙って俺を受け入れろっ」
「やだ! 俺だって……陽介の……ことっ」
泣きながら叫んだ俺の声に動きを止めた遼河は、端正な顔を曇らせた。眉間に寄せられた皺は深く、苦し気に息を吐いている。
「お前は……あいつのことを愛しているのか?」
「ちがっ……! 彼は……っ」
「何が違うんだ?」
遼河の迫力ある低い声に慄きながら、俺は震える指先を上着のポケットにそっと這わせると、ピルケースを指で掴んだ。
抑制剤も避妊薬もまだ残っていたはずだ。これさえ口に出来れば、たとえ遼河に犯されたとしても妊娠する事は免れる。
「――忌々しい。平川の名前を出すな!」
吐き捨てるように言った遼河が顔を背けた隙に、ケースを開けて色の違うカプセルを摘まむと口元に運んだ。
しかし、それは俺の口に入ることはなかった。不審な動きに気付いた遼河の大きな手で払いのけられた抑制剤と避妊薬は部屋の隅にまで飛ばされ、この位置からは肉眼で探すことも出来ない。
「な……何を……するんで……す、かっ」
「何を飲むつもりだった? まさか避妊薬じゃないだろうな?」
「え……」
呆然とする俺の手首を引き抜いたネクタイで頭上で縛り上げると、遼河は冷たい金色の瞳で俺を見下ろした。
普段の威厳ある瞳はそこにはない。今はただ欲情した獣になり果てている。
「本能に従え……。思い切り乱れて……俺の子を孕め」
「な……何てこと……っ。嫌だ! 絶対に……嫌だっ」
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