第三話

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「なら、もう一回抱きしめさせてください」  答えを聞く前に、今度は固く閉じ込める。ようやく朔がいる今が現実だと頭に染み渡って、泣く寸前のような吐息がこぼれる。  初めて気づいた。幼い子どものように、みっともなく身体が震えていた。  部屋からいなくなった事実以上に、永久に会えなくなってしまうという未来に出会うのが怖かったのだ。 「もう、いなくならないでください。ここに、いてください」  ずるい言い方だ。脅迫と変わらない。仮に頷いたとして、その場しのぎとどう違うのか。  わかっていても、態度を変えられなかった。  絶対に離したくない。朔の過去なんてどうでもいいから、隣にいてくれさえすれば、今はかまわなかった。 「……今思い出したけど、荷物、忘れてたしな」  そっと背中に回された腕に、必死にこみ上げる激情を飲み込んだ。
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