298人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
電車をいくつか乗り継いで、郊外の駅からタクシーで町外れまで移動する。墓は小高い丘の上にひっそりと存在しているようだった。
霊園の半ばまで進んだ朔の足がある墓石の前で止まり、スローモーションがかかったように振り向く。しばらく見つめたあとに、手にしていた花束を花立に飾り出した。
墓石には「仲野家」と名前が彫られている。
「ご友人とか、ですか?」
家を出てから、初めて朔に話しかけた。
ずっと悲痛な面持ちを貼りつけている彼は、とても会話できるような状態ではなかった。
「……谷川に、この場所調べてもらったんだ。もう少し落ち着いたら、あいつにもちゃんと事情話さないと」
線香の煙が、鉛色まで昇りつめたところで消える。手を合わせる朔に少し迷って、倣うことにした。
脳裏に、新聞の切り抜き記事が蘇る。やっぱり、目の前の墓石に眠っているのは……。
「勤めてた会社で、知り合った男だった」
やがて、何の感情も読み取れない声が吐き出された。
「自殺したんだ。住んでたマンションで、首を吊ったって」
ひゅっと、短く息を吸う音が聞こえる。朔の眉間に深い皺が刻まれていた。自らを抱きしめ崩れ落ちかける身体を慌てて受け止める。
「大丈夫ですか? ゆっくり、息を吐いて」
朔の身体の震えが少しでも落ち着くようにと、優しく背中をさする。
腕に触れた手は、驚くほど弱々しかった。
「ごめん、ありがとう。冷静にって思ってたんだけど……ほんと、弱いなぁ」
「……あの、別にオレ、いいですよ。あの時言ったこと、嘘じゃないです」
「聞いてほしいんだ。君に」
一瞬で、肌に食い込むほどの力が込められた。
再び向けられた双眸の奥に、小さいながらも意志の強い光が見える。
拒む権利は、最初から存在していなかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!