番外編『ヴァンパイアが運んだ甘い夜』

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番外編『ヴァンパイアが運んだ甘い夜』

大遅刻のハロウィンネタSSです。頑張って甘くしましたw 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 ----------  バイトから帰宅した高史が、手に見慣れない物を持っていた。 「それ、かぼちゃの帽子?」  荷物を置いた高史は、「やっぱり」と言いたげに苦笑を浮かべた。 「そうです。ほら、今日ってハロウィンでしょ? それで軽くコスプレしましょうって店長が」  帽子には不敵にも不気味にも見える笑みが刻まれており、魔女のような黒い三角帽子を被っていた。男女関係なしに、アイドルのような可愛い系の人に一番似合いそうなデザインをしている。  確かに、街中ではオレンジを基調とした飾り付けがやたら目立っていた。スーパーの総菜コーナーでは三角の目や口にくり抜かれたかぼちゃがあちこちに鎮座していたほどだ。 「……高史も被ったんだ」 「他の人はともかく、オレは似合わないからやめた方がいいって一応訴えたんですけどね」  昼に行った時は店員も店の装いも普通だった。夜だけの特別だったか。 「高崎さんは似合う似合うって笑ってくれたけど、面白がってただけかもしれないっす」  高崎――高史と仲のいいバイト仲間で、自分とも顔見知りだ。ちなみに仲も知られている。それでも全く態度を変えず接してくれる、ある意味心強い女性だったりする。その彼女の笑みが容易に浮かんで、思わず苦笑してしまった。 「俺も見たかったなぁ。高史のかぼちゃ帽子姿」  夕飯を用意する手を止めて、恨めしそうに呟く。 「そんな……本当に似合わないですよ。お客さんも顔が引きつってたと思うし」 「そんなの関係ないよ。単に、俺が見たいだけ」  唇を意識的に持ち上げると、ますます高史は困り果てた顔をした。おねだりに弱いとわかっている上での言動だから、我ながらたちが悪い。 「正直、そう言われると思ってました」 「なら、聞いてほしいな。大丈夫、俺しか見てないんだもの」  そういう問題ではないことももちろん、わかっている。 「……絶対笑わないでくださいよ」  背中を向けて、かぼちゃを頭に乗せる。たっぷり時間をかけて振り向いた。 「かわいい。結構似合ってる」 「慰め言わないでいいですよ」 「違うよ。ほんとにそう思ったんだって」  こちらを一瞥した高史はわずかに口を尖らせる。 「若干笑ってますよね?」 「可愛いの見ると笑顔になるでしょ? それだよ」  精悍な顔つきの高史が、「恥ずかしがっている」とすぐにわかる仕草を全身にちりばめている。そのギャップが要因だった。  伏し目がちの目線。唇にも少し力が入っている。肩が微妙に丸まっているせいで身体全体もどこか小さく見える。両脇でぎゅっと握られた拳もなかなかにポイントが高い。  加えて威圧感を与えない、生まれ持った高史の雰囲気も充分貢献している。街中で風船を配ろうものなら、子どもたちがすぐに集まってきそうだ。  かぼちゃ越しに頭を撫でると、戸惑いで揺れる瞳が返ってきた。年上の気分を久しぶりに味わえてちょっと楽しい。 「あーあ、コスプレするって知ってたらお店行ったのになぁ。接客する姿も見たかったよ」 「や、やですよ。無駄に緊張しちゃうし」 「うそうそ。ありがとう、満足したよ」  できれば写真に収めたかったけれど、さすがに不機嫌にさせてしまうだろう。自分がされても気持ちのいいものではないし、仕方ない。お礼の代わりに軽いキスを送った。 「お礼……こんなんじゃ、足りないです」  夕飯の準備を再開しようとして、そんな呟きが聞こえた。  振り向いた先の高史は気まずそうにこちらを見つめている。わがままを言いたいのに言えないともがいているようだった。 「もしかして、俺にも帽子被ってほしい、とか?」  核心を突いた自信があったが、反応はいまいちだった。気を遣っている可能性もある。 「それくらい構わないよ。俺だってわがまま言ったんだし」 「ち、がうんです」  全く意図が読めない。  そんな疑問に答えるためか、しゃがみ込んだ高史がリュックの中に手を突っ込む。ビニールの擦れる音と共に、見慣れないロゴが印字された白い袋が出てきた。A3サイズの書類よりも一回り大きい。 「中、見てみてください」  高史は腹をくくったような表情をしている。変に緊張しながら、袋の中に手を突っ込み、引き抜いた。 「……え、なにこれ」  そうとしか言い様がなかった。  視線の先にある写真の男性が、ヴァンパイアの格好をしている。その上にはでかでかと「ヴァンパイアコスプレセット」の文字。その名の通り、必要な衣装が一式揃っているらしい。  何とも言えない空気が互いの間に流れる。高史がこんな物を用意しているとは予想もしなかったから、どう会話を繋げればいいのかわからない。 「……俊哉さんに、似合うと思ってつい、買っちゃったんです」  必死に声を絞り出している。 「最初はこの帽子を被ってくれたらいいな、ぐらいだったんですけど。でも、ついコスプレ売ってる店に寄り道しちゃって。そうしたらいつの間にかそれを」 「いや、高史が我慢できなかっただけでしょ」  つい突っ込むと、高史はますます肩を丸めた。叱られた子どもそのものだ。 「実は高崎さんの入れ知恵じゃないの?」 「違います。全然関係ないです。俊哉さんも帽子似合いそうだとは言ってましたけど」  さすがの彼女もそこまではいかなかったか。  とりあえず開封して中身を広げてみた。白いシャツに黒いベスト、胸元につけるスカーフは白かと思いきやワイン色に近い赤だった。マントではなく燕尾服のような黒一色の上着が、一番の特色かもしれない。見慣れたヴァンパイア衣装よりもクールさが強調されているように感じた。  邪な気持ちで、懸命に衣装を選んでいる高史の姿を想像したら呆れるより微笑ましく思った。自分に一番似合うと信じて買ってきてくれたことはどうあろうと嬉しい。 「あの、すみません。やっぱなしでいいです。オレどうかしてました」  慌てて手を伸ばしてきた高史から、衣装ごと避ける。 「言ったじゃん。構わないよって」  細い両目が見開かれる。己の欲のままに買ってきた面影が全くみられないのが、面白くて可愛い。 「高史が俺に似合うと思って買ってきてくれたんだし、その気持ちに応えないとね」  おまけにせっかくのハロウィンだ、少しでもその気分を味わわないともったいない。  心配そうな視線を背中に感じながら、バスルームに向かった。 「どう? 似合う?」 「はっ、はい! その、めちゃくちゃ格好いいです」  再度問いかけたところで、慌てた声が返ってきた。だが、また熱い視線を向けられる。恋人の意識を独り占めできている優越感が、初体験の恥ずかしさを飲み込んでいた。  衣装のサイズはちょうどよく、高史の見立て通りしっくりと来ていた。自分をよく理解してくれている証のようで、幸せをしばし噛み締めていたのは内緒だ。 「コスプレなんて初めてやったけど、意外と楽しいね」  身を翻すと、燕尾がふわりと舞った。それだけなのに口元が緩む。子どもに戻っているような気分だった。 「んー、首元はちょっと落ち着かないな。あんまりネクタイしないせいかな?」  顎のすぐ下まで巻かれたスカーフの感触に慣れない。結び目付近を両手で軽く緩めながら位置を調節する。 「もう、そんなにガン見されたら恥ずかしいんだけど?」  未だ言葉を発さない高史に敢えてふざけた物言いをしてみせる。 「ご、ごめんなさい」 「いい加減にしないと、イタズラしちゃうぞ?」  上目で高史を捉え、頬に触れながら呟いた。  ショートしたロボットのように、恋人が見事に固まった。こんなにいい反応をされたら、もっと何かを仕掛けたくなってしまうじゃないか。  せっかくだから、ヴァンパイアに相応しい言動でも取ってみよう。定番台詞をそれっぽく置き換えてみるだけでもきっと面白い。さらに恋人だからこそできることもプラスして……。  しなだれかかるように、目の前の身体に抱きついた。困惑気味に名前を呼ばれてもただ笑みしか返さない。  狙うは、すっと整った首筋。 「トリック・オア・トリート。お菓子をくれないと……お前の血をいただいちゃうぞ」  最初は、軽く吸い上げた。  次に、わざと濡れた音を立てて、舌先で舐め上げた。  ――やばい。思った以上に照れる。悪ノリしすぎた。伝わってくる鼓動が瞬く間に速くなって、つられて全身が熱を帯び始める。 「あ、あの、ごめん高史。やりすぎた」 「……持ってないです」  囁きに似た声が、言い訳をかき消す。 「お菓子持ってないから、血、吸ってください」  鼓膜をくすぐる囁きに気を取られていると、視界がぐらりと傾いた。  その先には、ヴァンパイアに魅入られた人間がひとり。 「……興奮、したの?」  ストレートな問いに、正直な反応が返ってくる。 「だって、俊哉さんずっとエロすぎます……!」  押しつけるように唇を塞がれて、中もかき回される。無防備だった舌もあっけなく捕らわれ、根元から先までをなぞられる。息継ぎの間も催促するように先端を突かれる。  ――自分は、なんておめでたいんだろう。さっきの後悔が一瞬で消え去った。  もっと虜にさせたい。二度と離れられないように、飢餓感を覚えるほどに。 「……っん、我慢できないなんて、ますます悪い子だな、高史」 「貴方には我慢のきかない人間なんです……っ」 「じゃあ、お望み通り罰を受けてもらわないと……ね」  頭を引き寄せ、舌を這わせた首筋に今度は歯を立てる。短い悲鳴が耳朶をくすぐった。  キスマークのようにも見える薄い歯形を満足げになぞる。高史は自分だけのものだという、紛れもない証。 「っ、あ」  突然、首筋に小さな痛みが走った。 「オレも、貴方の血が欲しかったんです」  こちらを見下ろす二つの瞳が、湖のように揺らめいている。その中に存在しているのは明らかな欲だった。一言許しを出せばたちまちのうちに食らい尽くされてしまう。  もちろん構わない。けれど、今はまだ、この「役割」に浸っていたい。 「駄目だよ。高史は罰を受けてる最中なんだから」  さらに波紋の増した瞳に誘われるように、押し倒した高史にゆっくり覆い被さっていく。  視界の端を掠めたかぼちゃのオレンジが、電灯並みに眩しく見えた。
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