文化祭

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(わ、誰かいた) 思わず身をすくめる。ベランダにいる誰かは、すりガラス越しでは手すりにもたれているように見えた。 大きく息を吸ったかと思うと、その影は、歌い出した。 小さな声で、でも、しんとした紺色の夜をまっすぐ突き抜けるような声で、彼女は歌った。 綺麗な声。こんなに歌が上手い人、このクラスにいたか……? 聡太は驚いて、そろそろとベランダを覗き込んだ。 はたまた驚きで身をすくめた。 豊かな巻き毛がリスの尻尾みたいだ、と聡太がいつも後ろ姿を見つめてしまう、朝霞さんだった。 ぷっくりした赤い唇から、鳥のさえずりのような歌声が紡ぎ出される。小さな朝霞さんにとっては大きめなセーラー服の袖から、すらっと白い指だけが見えていて、そっと手すりに添えている。寄りかかるように体を預け、プリーツスカートから覗く膝裏は細っこすぎて筋が浮いていた。さらに細いふくらはぎからくるぶしまでを、純白のソックスが包み込む。 聡太は立ち尽くしていた。 歌が終わっても、身動きできずに見つめていた。 朝霞さんが振り返るまでは。 朝霞さんは驚いたフクロウのようにビクッと身を細くして、目を皿にして聡太を見つめた。 2人の間で、時間が止まる。 「あ、やあ」 張り詰めた空気をやぶったのは聡太の間抜けな挨拶だった。 「聞いてた?」 朝霞さんが懺悔するかのように呟いた。 「聞いちゃった、ごめん。弁当箱忘れてて。綺麗な声聞こえてきたから。朝霞さん、めっちゃ歌上手くない?びっくりしたよ、知らなかった。明日の体育館ライブ出るの?」 喋るのをやめると、また冷たい空気が流れる。そう思って、聡太はまくし立てた。 すると朝霞さんは、口に手を当て、ちょっと下を向いて笑った。 「部長って、そんなに喋るんだ」 聡太もほっとして笑った。 「ちょっと焦った。てか僕、朝霞さんにも部長って呼ばれてるんだ」 「だって部長は部長でしょ?いつも本読んでるところも文芸部の部長って感じ。 ……私は瑠璃でいいよ、みんなそう呼んでるし」
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