文化祭

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朝霞さんのカバンの中からも、机の中からも、鍵は出てこなかった。 しょげ返る朝霞さんを、聡太は「僕も明日一緒に先生の所へ行くから」と励まして、ひとまず今日は帰ることにした。 僕が鍵を見つけたら、明日の体育館ライブ出てよねと無理やり約束すると、朝霞さんはやっと笑い、そのまま校門前でバイバイした。 文化祭当日。 聡太は寝不足だった。 朝目覚めたとき、心地よい倦怠感をベッドのなかでひとしきり味わい、なんでだっけ、と一瞬思案してすぐに朝霞さんのことを思い出した。 今日は文化祭。非日常の行事という事実に朝霞さんが加わり、いつもはかったるい朝が極彩色の眩い世界に変わる。 しかしその浮き足立った気分も、教室のある4階にたどり着くまでだった。 いつものように息を切らして階段を登りきると、あちこちから興奮した声が聞こえた。 「どうしたの?」 近くにいたクラスメイトに聞く。 「隣のクラスの垂れ幕が消えたんだって。あんなにおっきいのに。今年は垂れ幕部門で優勝できそうなくらい良いものできたってみんな喜んでたのに、消えた」 隣のクラスの男子生徒が、聡太と同じクラスの紅と藤虎に訴えていた。 「昨日最後まで残ってたのは生徒会だろ?何か知らない?」 「さあな、俺は生徒会室にずっといたから」と、藤虎。生徒会長のくせに、校則ぎりぎりの襟足の長さと、ワックスで掻き上げた前髪。急に身長が伸びたこともあるだろうが、制服の上着の裾は短い。面倒なことになったと、明らかに鬱陶しそうな顔をしていた。 「私も知らないけど、瑠璃なら知ってるんじゃない?」いつも藤虎の横で、権力を貪っている紅が言った。 突然話を振られ、瑠璃はキョトンとしている。 「だって、最後に教室出たの瑠璃だよね?私、見たもの。生徒会室からは南校舎の教室が丸見えだから」 この高校の校舎はH型で、北校舎と南校舎を渡り廊下がつないでいる。 確かに夜9時ともなれば、電気の灯りで暗闇の中に教室が浮かび上がり、向かいの校舎の様子がはっきりと見える。誰が何をしているのかも。 「でも、それなら、僕もいたよ」 聡太は名乗り出た。クラス女子を牛耳る紅とはほとんど接点がない。まともに話すのは今日が初めてかもしれない。 紅が、聡太の方をぎろりとした目で振り返った。一緒に揺れたポニーテールが鎖鎌のようだ。確かに、女子じゃなくてもこの圧には耐えられない。
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