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そんな呑気な私が世界の異様さに気がついたのは、意外にもここに迷い込んでから間も無くだった。
――……『あなた、ニンゲンね』
ギョロリ。前方に現れた、ドレスを纏った貴婦人の目を見てぎょっとした。
その目には、緑色に燦々と輝くエメラルドが嵌め込まれていたのだ。
否、私にはその緑色の宝石が、本当にエメラルドだったのか定かではなかったが、しかしその緑色の強く美しい輝きは、一瞬で私にそれがエメラルドだと思わせるだけの力があった。
エメラルドの目をした貴婦人は続けた。
『ここでは危険よ、私の庭へいらっしゃい』
そう言って、半ば強引に私の手を引いて、エメラルドの目をした貴婦人は私を誘った。
手を引かれながら街行く人を見ると、皆、目があるべき場所に、宝石が詰まっていた。
その時助けてくれた貴婦人が、今目の前でお茶を飲んでいる夫人である。
夫人はどうやらこの世界の『ニンゲン研究家』で、この世界に紛れ込んだ私のような『ニンゲン』を保護するのが趣味のような人らしい。
夫人は一箇月の間に大分色々と私にお喋りをしてくれた。
一箇月間、私は何も口にできなかった。この世界では、不思議な精製方法で作られた宝石が、砂糖の代わりのように使われていて、私はそれがどうしても口に合わなかった。
しかし不思議なことに、空腹は感じるというのに身体の方に異変は無く、こうして私は一箇月もの間生き延びているのである。
だが、このままではさすがに空腹も限界に近い。
私は若干フラフラとした意識で、カップの中の宝石を見詰めていた。
「何か口にできれば良いのだけれども……。そうだわ。これなんて、どうかしら」
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