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ベキッ!!!
メキメキメキ!
バリバリバリ!
なんて、盛大な音がして、グライダーの両翼が根元からヘシ折れた。
壊れる……壊れる。
ラーイの夢が。
希望と一緒にまっさかさまに堕ちてゆく。
実際『雲海』がどの高度で発生するのか、ラーイには判らなかった。
けれどもラーイの足元に広がっていた雲の絨毯は、信じられないほど海面に近かった。
ずっと空を見上げていたグライダーは、翼を失って、あっという間に海に突っ込んでゆく。
そんな海に堕ちてゆく瞬間に、ラーイの心によぎった想いは、もっと高く、もっと遠くへと希う空への憧れではない。
それは愛しいヒトのこと。
はじめてアルマースと出会い、楽しく遊んで笑った時のことだ。
つがいではないことが判ったのにもかかわらず、ラーイを愛し……求めて犯す、欲望に沈んだ顔。
翼を失い、Ω性になりかわり、発情に狂って他の男たちに凌辱されて、なお。
アルマースはラーイを望んで抱きしめた。
良いことも……悪い時も何時だって、ラーイの記憶の中には、アルマースがいて。
その愛しさが、心に満ちる。
落ちてゆく一瞬で、そんな記憶と感情の全部を思い出し、ああ、やっぱりアルマースが好きだったんだと、ラーイは心の底からそう思う。
そして、愛する人と二人。
この誰も居ない地上で生きて行ければ、どんなに良かったか……
グライダーでヘヴンズゲートを飛び出したのは『死ぬため』ではなく、本当に『生きる』為だったのだ。
空を飛ぶ夢を叶え、更に愛しいヒトと一緒に生きることは、欲張り過ぎの願いなのだろうか。
切ない思いに身を焦がし。
ラーイが、その心とカラダの全部でアルマースを抱きしめた……その時だった。
バッシャーーーン……!
盛大な水音が響き、高く水しぶきを上げてグライダーは海に落ちる。
一瞬前は、確かに空飛ぶ機械だった残骸と共に、海の底に石のように沈んで行くラーイには、ただ愛しいヒトを抱きしめ続けることしかできない。
ラーイが意識を失う寸前。
『アルマース』
と、そう。
愛しいヒトの名を呼んで海の中で泡となった最後の呼吸は。
アルマースと、もっと生きたいと願う、ラーイの深い溜息だったのだ。
…………
そして。
ラーイの想いと命を呑みこんで、海は、にわかにざわめきだした。
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