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「輝久、少しいいか?」
「は、はい。」
晴明様は俺の手を引いて、小屋を出た。
理由はわからないが、晴明様は俺を連れてさらに森の奥へと進んだ。
...そういえば周りが妙に静かだ。
さっきまで追っていた屋敷の者達は一体どこへ...。
ふと疑問が頭の中を過ぎった。
後ろを振り向こうとすると、「輝久。」と晴明様がそれを止めるかのように俺の名を呼んだ。
仕方なく俺は前だけを見ることにした。
奥に進むにつれて、何かの音がだんだんと大きくなっていく。いや、これは近づいてるのだ。
この音は...滝の音だろうか?
「着いたぞ。ここが水神様...もとい、龍神が住む滝だ。」
「こ、ここに龍神様が!?綺麗...。」
「そうだろう。」
目の前に広がるは、屋敷の敷地ぐらいの広さの湖、そして上から強い勢いで流れる滝。その湖には満月が映っていた。
その美しい光景に、俺は思わず見とれた。
「...っ?」
晴明様が何かに気づいたのか、草むらのある方に視線を向ける。確かに何かの気配を感じる。
その気配は、草むらの陰からゆっくりと現れた。
__そこにいたのは、傷だらけの子狐だった。
殴られたかのような傷が幾つもあり、何も食べていないのか、若干痩せている。
もうすぐ倒れそうな状態だった。
「晴明様...。俺、行ってきます!」
「...わかった。気をつけて。」
俺はボロボロの子狐の側に駆け寄り、優しく抱っこをした。
酷く傷つけられ、特に酷い腕の傷から出血している。
血を止めるために、自分の着物の一部を破いて出血する腕の傷に包帯代わりに巻いた。
__その時、声がした。
《お前は、人間か?》
その声はまるで、子狐が自ら話しているように聞こえた。
晴明様の方を見ると、何故か晴明様がにこにこ笑っていた。
晴明様も聞こえているのか?
俺は、その声に応えた。
「ああ...人だ。多分...。」
...自分でも人なのかわからなかった。
屋敷の者達が"年を取らない妖"だと言っていたからだ。
その時、また声が聞こえた。
《お前は立派な人間であり、妖でもある。
お前には世界の全てを知る権利がある。
そうだろ、安倍晴明。》
「はい、貴方の仰る通りですよ、龍神様。」
今度は湖から聞こえた。
...いや、違う、湖に何かいる。
湖に視線を向けると、
そこには大きく、美しい龍がいた。
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