文化祭ラビリンス

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 それが知れたので、仁は場所を移すことにした。話し続けていた彼女がポケットから何やら取り出したのも構わず、仁はテーブルから立ち上がる。そして、そのまま彼女を残してさっさと次の隠れ場所を探しに向かうのであった。 「あっ――」  仁の立ち去ったテーブルに気づき、彼女は小さく声を上げる。 「逃げられた」  その言葉には、残念とか、怒りとか、そういった負の感情は一切含まれていなかった。  彼女の名前は、千景。クラスのイケてるグループに属するいけ好かない奴の一人だ。そんな彼女に、仁が付き纏われるきっかけは何だったか。  屋上に寝そべりながら、仁は考えるでもなしに考えていたのだがついぞわからなかった。  おもむろに起き上がり、フェンス越しに階下を見下ろす。ふと、背後の扉が開いたような気がして振り返ったが、誰もいなかった。それもそのはずだ。屋上のカギは内側は鍵を差し込まなければ開かないが、屋上からは抓みを回すだけで閉められるのだ。  そして、仁の持っているカギはこっそりと複製しておいたスペアキー。教員であろうと、彼がここへ侵入したことに気づくわけがない。  彼はほっと息を吐き、もう一度階下を見下ろした。  ――ひとがごみのようだってな……。  かの有名な大佐にはそう見えたらしいが、仁にはなかなかそんな残酷な描写には見えなかった。彼は余程、人間に絶望していたのだろうか。それとも、手にした有り余る力に慢心してしまったのだろうか。     
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