堕ちる男

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「この世には、死んだほうがいい人間が、いると思いませんか?」 「………………」 答えることはできず、私は男の瞳を見つめる。 相手は相変わらず、機械のように表情を変えない。 視線もぶれることなくただ一点。 自分の逝く先。 手の届かないほど遠く離れたアスファルト。 そうして私は無言で眺めた。 フェンス越しの風になびく前髪に、隠れがちな瞳の深い黒。 闇を。 「僕は、そういう人間なので」 抑揚のない声が響いて。 いよいよ時が満ちたことを私は知る。 男の額がグラリと傾いた。 前方にむけ。 ぞくりとした。 差し迫った恐怖。 まるでホラー映画のワンシーンのような。 見たくないものを凝視する瞬間。 「あ」 悲鳴にならない悲鳴がこみあげる。 ……と同時に、誰かの横顔が男に重なって、気づけば私は絶叫してた。 「いると思います!」
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