踏みとどまれない

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血を見るのは怖いので、薬を使うのが一番きれいだとは思う。 けれど致死量に達するほどの劇薬を手に入れる方法なんてあるんだろうか? ネットで購入すれば履歴が残るだろうし、薬剤師の友人が協力してくれるとも思えない。 そうなると、刃物で刺したり絞殺したりして直接的に手をくだすしかない? 運動神経のない自分に、そんな力技ができる気がしないのだけれど。 休日の昼間。 自室。 締め切ったカーテンの内側で、一人ひそかに計画を練っていた。 手にしたスマホで慎重に手段を探っていく。 確実に人を殺すために何をすればいいか。 まあそうだよね。 誰かに話せば笑い飛ばすだろう。 冗談でしょ? 蚊を叩くことさえ躊躇するような人間が、どうしてそんな大それた犯罪を? と。 だから犯人逮捕後に、インタビューを受けた知人は誰しもが驚いた様子で答えるんだ、きっと。 信じられない。 そんなことするようなタイプには見えなかった。 会えば挨拶もするし、大人しくて感じのよさそうな人だったのに……。 当然だ。 いい人でいたい。 いい人と思われたい。 人に迷惑をかけないように。 長い間そんなことにばかりに気を使って生きてきた。 だけどそれも、もう終わり。 本当の私はそんな良い子じゃなかった。 仮面の下に隠れていた本性が悪魔だっただけ。 もう私は決意した。 絶対に実行すると。 これ以上、長引かせることに意味はない。 自分の心が壊れるその前に、成し遂げなくてはならない。 耐えられない。 耐えられない。 耐えきれない。 もう無理。 つらすぎて。 気がおかしくなりそう。 すでに狂っているんだろう。 おそらくは。 じゅうぶんに。 ガンッ! テーブルの上に置かれた写真に小刀を突き立てる。 何度も何度も振り下ろした。 女の顔をめがけて。 だらしない笑顔。 幸せそうな笑顔。 若くて未熟で。 希望と欲望にまみれた笑顔。 ああ、間違っていない。 この怒りも悔しさ屈辱も。 ぜんぶ自分の中に潜んでいて、表にぶちまけられる瞬間を待ちわびている。
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