産みたい女<回想>

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転勤をきっかけに一緒に暮らしはじめて、休日に二人で出かける近所のモール。 いつも多くの家族連れでにぎわっている。 子供の両手を繋いで歩く夫婦とすれ違うたび、父親に肩車される幼児を見かけるたび。 親子が仲良さそうに笑っている姿がほほえましくて、すごく羨ましかった。 仕事も日常も殺伐としていて癒しなんてないけれど、それでもそこには幸せの縮図がある気がした。 いいお父さんになるだろうな、この人も。 親戚の子どもたちに対する態度を見ていて、そう思った。 同棲するにあたり、お互いの両親への紹介は済ませていたけれど、プロポーズの言葉は相手の口からいっこうに出てはこなかった。 私はずっと心待ちにしていたのに。 理由がわからない。 まさか浮気してる様子もないし、仕事が忙しいからというのは節々に匂わせていたけれど、何だか煮え切らなくて苛立つ。 私と結婚したくない理由があるんだろうか? 怖くて聞けなかった。 いま捨てられちゃったら、どうなるのかな? 不安と焦りで泣きだしそうになる。 どんどん年をとっていくのが私だけのように思えた。 若い子には到底、勝てる気がしない。 すごく好き。 離れたくない。 実感すればするほど怖くなった。 朝食の目玉焼きを必ず黄身から食べるのも、リビングでスマホいじりながらソファで寝ちゃう癖も、実は気に入ってる。 一緒にいれば全てを忘れて、笑っていられるのに。 ケンカしたって、いつの間にか仲直りできてしまう。 あんなに自分にピッタリな人、他に見つけられるわけがない。 もう二度と出会えない。 だから二人でお正月に温泉旅行に行った時は、泣いた。 部屋でご飯を食べたあと、おもむろに差し出された指輪。 待たせてごめんね、の言葉とともに、はにかんでうつむく横顔。 もごもごと口ごもりながら続けた。 俺なんかで良かったら、これからの人生ずっと一緒に、お願いします。 ……それで全ての願いが叶ったような気がしてた。 その瞬間、世界中の誰よりも幸せだと言える自信があった。 乗り越えていける気がした、この人となら。 どんな困難も。
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