産みたい女<回想>

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深夜に帰宅した夫が言った。 ひどく鎮痛な面持ちでテーブルにつき、顔を伏せる。 『ごめん、ちょっと金がいるんだ』 不思議な気分で相手の顔を見た。 家計簿をつけるのが面倒という理由で、夫婦二人のお金に関しては結婚以来、私がずっと管理してきた。 だから夫はお小遣い制だったけれど、たまに飲み会に行く程度で、今までお金の無心などほとんどされたことがなかった。 なのにどうしたのか突然。 相手の妙に深刻そうな態度にも困惑していた。 『いいけど、どうしたの? 何かあったの?』 交通事故? 実家で何か問題でも起こったんだろうか? まさか詐欺のような犯罪に巻き込まれたんじゃないよね? そうだとしたら大変だ。 返答は沈黙。 薄暗いダイニングの灯りの下、二人の間に奇妙な時間が流れていた。 しばらくして大きな息を吐く夫。 状況が全くのみこめず、ただ首をかしげ相手を見つめるだけの私。 『子どもが、できた』 ぽつりと吐き出された言葉。 私はおそらくきょとんとしていただろう。 子ども? そんなわけない。 私は妊娠できない体で、あなたは男でしょう? そんなこと、わかってるよね? だとしたら何を言っているんだろう? 『堕ろすのに、まとまった金額が必要で……』 目をあわせようとしない相手を見つめ続け、ようやく頭が理解しはじめる。 途端にぐるぐる視界が揺れ、チカチカとホワイトアウトの繰り返し。 誰かに殴られたような衝撃。 動悸が早い。震える指先。 上手くのみこめない唾。 『だ、れ?』
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