産みたい女<回想>

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『知り合いの……』 『しりあい?』 また意味がわからなくなる。 知り合いって何だろ? どこでどうやって知り合うの? 何をやってるの? この人。 私の知らないところで? そんな素振り今まで一度も見せたことなかったよね? それとも私が鈍感だっただけ? ほとんどテーブルにひれ伏すような体勢で、相手は両手の中に顔を埋めたまま呟く。 『一人だと不安だから来てって言われて、一緒に病院に行って、それでわかって……』 『…………』 『俺の責任だから話し合って説得するつもり。 一人で育てられるわけない』 首を振って、ほとんど泣き出しそうな声で相手は続けた。 『だけど、これだけはわかっておいてほしい。 きみを傷つけるつもりはなかった。 本当だよ。 悪いのは自分。 償うから。 何でもして。 だから、どうか頼む。 許して欲しい!』 重ねてきた手を振り払う。 そのまま椅子から立ち上がって部屋の隅に逃げた。 震える肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返す。 涙も出ない目を見開いて、にらむでもなく、ただその姿を凝視した。 汚らわしいと思った。 そんな汚れた手で触れないで。 汚い化物。 醜悪な怪物。 とんでもない方法で、考えられる限りの卑劣は策略で、私を傷つけるためだけに存在する、いい加減で下品な生き物! そばに寄るな。 気持ち悪い。 おそろしい。 そうだ、知ってるよね? ずっとずっと私が子どもが欲しくて悩んでたの。 そばで見てたよね? 苦しんでたのも。 私が産めないから他の子で間に合わせたの? 寄り添うふりをして、ほほえみかけるふりをして、あざわらってたの? 不完全で不憫な、できそこないの私を? 優しい夫役を演じながら、影で違う顔を見せてたって言うつもり? 信じられない。 信じられない。 信じてたのに。 信じてたのに? 消えてなくなれ。 何もかも。
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