深淵へ、共に

2/6
前へ
/37ページ
次へ
「まったくわからないな」 私の話を聞き終えたあと、病室のベッドの上で彼がこぼした感想は一言だった。 「わからないって何がですか?」 思わず聞きかえす。 あの日、私が受けた衝撃と絶望。 それを理解してもらえないというのだろうか? 「あなたの気持ちがわからない。 僕には何一つわかりません」 抑揚のない声。 まるで感情のないロボットのような。 だから人の気持ちに共感することができないんだろうか。 全ては無駄だった? 私は長い時間をかけて何を伝えようとしたのだろう。 わかってほしいだなんて思ったのが間違い? わかってもらったところで何も変わりはしない? 「子どもが欲しいというあなたの気持ちがわからない。 僕は今まで一度もそんなことを考えたことがないし、子どもを見て何かを感じることがありません」 「どうして? かわいいなと思ったりしないんですか?」 まさか、とでもいうように、ベッドの上で首を静かに振る相手。 「あぁ、でも、そうだな。 かわいそうだという気はします。 親のエゴで産み落とされた結果、針のむしろのような世界を生き抜く運命を背負わされたこと。 僕のように悩み苦しむだけの人生なら、いっそ初めから存在しなければよかったのに」 じっと見つめる。 肉の薄い頬。 生気のない瞳。 呼吸しながら死んでいる亡骸。 まるで亡霊のよう。 眺めているのさえ苦痛なほどに。 けれど顔を背けたくても、背けられない。 死神の男は、ゆっくりと目を伏せて続けた。 「そして願うだけです。 どうか僕みたいにはならないで。 鬱屈とした人生を歩まなくて済みますように」
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加