深淵へ、共に

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「結婚してすぐの頃でした。 人づてに自死の話を聞いて、とてもショックを受けました。 居ても 立ってもいらず駆けつけたお葬式会場で、彼のお母さんに再会して。 その場で言われました。 別れたことを悔やんでいたようだ、と。 そのことがきっかけで引きこもりがちになり、以来ずっと精神も不安定だった、と。 もうずいぶん昔の話なのに、彼の死が自分のせいのような気がして、どうしていいのかわからなかった。 そばにいれば支えてあげることができたんだろうか? 一人にしてごめんねって」 「ずいぶん傷つけられたのに? どうしてそんなふうに思うんですか?」 「でも、そうしなければならない何かがあったんだと思います。 彼の中に」 常に抑圧的に私を支配してきたけれど、うらはらにひどく優しく、時には子どものように甘えた態度もみせた。 そんな歪みに魅力を感じていた、あの頃の私。 いびつだったからこそ、余計に忘れられずにいた思い出。 「離れて正解だったと思います。 そういう人間は自滅するしか道がないから」 あまりにもあっさりと断言され、現実に引き戻される。 はっとした。 気持ちがわかると言ったよね。 はっきりと。 手に取るようにわかるんだろうか? もしかして。 「あなたも、かって誰かを傷つけたりしたんですか?」 イエスともノーともとれない、微妙な表情で私を見る瞳。 そんなことはとてもできそうにない、弱々しい相貌。 それ以上、問い詰めるのは気が引けた。 話したくない過去なんて山のようにあるだろう。 誰にだって。 「……だけど、救われたかったかな?」 しばらくの沈黙のあと、返ってきたのは、そんな言葉。 「え?」 「傷つけることでしか救われないのに、救われたいと願うでしょうか?」
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